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小説
百万記念小説(9)
王の学友であり補佐を務める阿倍野は、氷雪と讃えられる美貌の王の横顔を見やり、一端開きかけた唇を閉じた。
こうして王の横顔を見ると、王は父である先王にどちらかといえば面差しが似ている。母である王太后もそれは美しい女人であったが、先王の崩御後離宮に籠もられた王太后は表とのかかわりを一切断ってしまわれた。もとより、夫や息子を顧みない方であられたが。寡黙な王は執務において、必要最低限の言葉しか発せず、またそれは補佐である阿倍野も同様の事柄を要求される。況してや阿倍野が王に進言せんとするそれは、王にとっては不快でしかなかろう。


「・・・・何だ」


書類に目を落とした阿倍野に、その王が声をかける。


「何か申したいことがあるならさっさと申せ」


補佐である阿倍野や、王直属の近衛騎士らには酷くぞんざいな口調の王は、素っ気なく阿倍野を促す。
ここではぐらかしたところで、王の機嫌を損ねるのは目に見えている。言おうがいわまいが、どちらにしろ不興をかうのであれば言ってしまったほうがいい。


「執務には、何らかかわりないことではありますが。王妃様のことでございます」


「・・・・王妃の」


王の眉間に薄く皺が寄る。顎で先を促す王に阿倍野は務めて平静を装った。


「私が拝見致します所、近頃王妃様のお顔の色は幾分よろしいように思えます。母国の使者殿がいらしたせいもございましょうが、ご心労が軽減、」


「阿倍野」


阿倍野の言を、王の鋼にも似た響きの声が遮る。
威の帯びたそれに、阿倍野は姿勢を正した。


「回りくどいものの言い方を、私は好かぬ。私の不興をかいたくなくば、早々に申せ」


「・・・・それでは申し上げます。以前より幾度か進言しておりますが、王妃様のご心労を考えますと、陛下には後宮に御渡いただく旨をご検討いただきたく存じます」


王の眉間に刻まれていた皺が、深さを増し怜悧な面には険しさがまざまざと宿った。


「何だと」


「王妃様がこちらに嫁いで三年、陛下の御渡があるにもかかわらず御子を宿されません。世子の君は正妃の腹からとは建国以来の定めではありますが、場合によっては側室がその代わりを」


「あれが石女だと申すか」


「いいえ、そうだとは限りますまい。王医も王妃様は御子の授かれるお身体だと診断をくだされました。ですが、王妃様のご心労を思えば、その重責から解放して差し上げるのが上々かと。真面目なお方故、ご心労が日をおうごとに増しているようですから。
そのおりには王妃の位は返上となりましょうが、あのお方の穏やかなご気性ならばご了承していただけるでしょう。
側室のひとりとしてひっそりと日々をおくられるほうがあの方には似合いなのではございませんか」

腹心の進言を、聞き入れた王は闇色の瞳を眇めた。


「・・・・阿倍野、そなたもその進言を幾度も私にしているならば、答えは察しておろう。あれが誠石女ならばそれも考慮せねばならぬが、あれは石女ではない。あれはまだ若い。それに、私はあれ以外に私の子を産ませるつもりはない」


「しかし」


「何のためにあれを、あの国から王妃としてめとったのか、そなた忘れたわけではあるまい。あれの腹から私の血をひく子を産ませる。そのためにあれを選んだ。あれの役目は私の子を産むこと。心労を案じるならばあれの政務を私に回し、あれは私室だけに留め置けばよかろう」


「陛下、それでは籠の鳥と同じではございませんか」


王は阿倍野の言葉に、低く嘲笑した。


「あれが鳥?あれが、そんなものであるはずがない」


「陛下」


「くどい。次はないものと思え」

それきり王は、視線を手元の書類に移し、阿倍野に論外にその話題を受け付けぬ意志を明白に表した。
年若いながらも、鋭敏たる名君、賢王と謳われる王はしかし殊王妃、そして世子についてになると他人の言葉を聞き入れない。それが甘言、苦言のどちらにせよ同じことであり、王の腹心たる阿倍野や、忠臣であってもその意志を曲げることはない。
王妃の、薄いベール越しに僅かに覗く、悲しげな笑顔が阿倍野の瞼に浮かび、我知らずため息をついたのだった。

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あきゅろす。
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