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6

「ね、キスしていい?」

 ぶんぶんと首を振りたくてヤマトの胸元から顔を離せば、その拍子に「『彼方』、上向いてねー」と命令されてしまう。
 
「……っ!」

 ヤマトの言葉通り顎が上がって、喉を反らすようにヤマトを見上げる形になった俺は、腹立たしいが端正なヤマトの容貌を視界いっぱいに収めることとなった。
 影を作ってなお、細められた猫のような瞳の、そのハッとするような鮮やかな色が俺の網膜を焼いた。
 そして緊張と嫌悪感で強張った俺の唇に落ちてきたのは、もう何回…何十回、何百回―――いや、考えるのはよそう、虚しくなるだけだ―――と無理矢理押し付けられてきたヤマトの薄い唇で、俺は目を開けていられる状態ではなくなった。
 乾いていた俺の唇に、ヤマトのそれはまず触れるように軽く接触した。
 生温かい他人の肉の感触は、何度体験しても慣れるものではない。顔を背けることの適わない俺は、かわりにビクリと身体を震わせた。
 ヤマトは喉奥の方でククッと笑って、触れるだけだった唇の動きを変えた。より俺を追い詰める方向へと。

「…っ、…ぁっ」

 喉の奥で引っ掛かるような言葉とは言い難い音を発したのは俺だった。
 なぜならば、俺をこんな状態に追い込んだ張本人であるヤマトが、俺の唇をぺろりと舐めてきたからだ。気色悪さに吐き気がする。
 眉を寄せ、目尻に涙を浮かべながら、しかしヤマトの馬鹿力の前に抵抗すら適わない俺は、ヤマトに翻弄されるしかない。
 舐められた唇は外気に触れてツンと冷たくなるが、すぐに生温かいヤマトのそれに覆われて熱を取り戻した。
 そして舌先で歯列をこじ開けられそうになったので、俺は捉われたままの腕を我武者羅に動かした。
 ヤマトの拘束は、あくまで声帯と首から上というか、『顔を上げろ』ということだけだから、あとは元々の腕力がものを言っているのだ。まぁ、それすら常人離れしているのがヤマトという人間なのだが。
 だから、やっぱり俺はどれだけ暴れようともヤマトの腕の中で惨めに震えるしかないんだ。悔しすぎる。
 それでも頑固な俺にヤマトは音を上げたのか、唇を離した。
 それに合わせて、睨んでやろうと涙目ながらもヤマトを見上げれば、ヤマトは「もう」と苦笑を浮かべて零した。

「なぁ彼方ー、俺だってできれば命令なんてしたくないんだからなー?」

 だったら一生するな、と言うことができたならば、どれだけすっきりしただろうか。
 けれども、俺はヤマトに声帯を制御されて、それをぶつけたくともぶつけられない。かわりにヤマトの唾液で濡れた唇をわなわなと震わせて怒りに耐えた。

「ほら、酷くしないから口あけてー?」

 ヤマトが俺を促した。
 そこに、『絶対命令(アブソリューター)』の力は加わってはいなかったが、ヤマトの言葉は、裏を返せば「口を開かなければ酷くする」と言っているのも同然だと、俺は思い至って悔しさに唇を噛んだ。
 そう、この言葉遊びは、どう転んでもヤマトのいいようになる。
 口を開けようが開けまいが―――ヤマトは『そうする』のだから。
 そして俺は、ぎゅうと目を瞑り直すと、意を決して震える顎を叱咤して小さく唇を開いた。
 ドキドキと心臓が早鐘を打った。まるで喉の奥にまで心臓がせり上がってきたような錯覚を覚えて、口腔内で舌が縮こまった。
 逃げ出したい―――逃げ出せないのならせめて隠れて難を逃れたい、そんな俺の心情を表すように。


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あきゅろす。
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