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泣いて許しを請うがいい4

 聡史と別れてから、しばらく長い廊下を走り続けた海里は、自分の現在位置を確認した。
 海里の走る廊下は特別棟のそれだ。『特別棟』というその名前の通り、特別教室の入っている棟であり、それゆえに人気が少ない、所謂格好のサボり場でもあった。その上、その用途上、教室は個々が独立していて行き止まりの多い地区でもあった。つまり、うかつに教室に隠れれば袋の鼠である。
 海里はそれを十分理解していたため、早々に特別棟を抜け出そうと2階にある講義棟への連絡通路を目指した。
 そこは、最上級学年である3年生の教室が配置された階でもあった。
 内心、気の進まない脱出経路ではあったが、背に腹は変えられないと海里は急いだ。
 タタタタと軽い音を立てながら人気のない廊下を駆け抜けている最中、今まさに通り過ぎようとしていた教室の引き戸がガララと音を立てて開いた。それに一瞬、海里は驚いて足を止める。健司のはずはないと海里は頭の片隅ではわかっていた。何故なら、それこそ魔法でも使わなければ先回りなどできない場所だからだ。
 けれども、追いかけられている身としては、不測の事態に一瞬、思考が止まる。誰だ、と海里が視線を向けると、その扉から出てこようとしていた相手も、海里の存在に驚いたように目を丸くしていた。

「―――あれ、兄貴じゃん」

 そして、相手は、驚きに満ちた声音でそう言い放った。

「…なんだ里玖(りく)か…っていうかお前はこんなとこで何してんだ? またサボりかよ」

 ふぅ、と海里は息を吐いて相手―――弟である里玖と向き合った。
 里玖の容貌は海里に似てとても整っていて、2人が兄弟であることは学内でも知られていた。同時に、里玖のサボり癖も教師や生徒の間で有名だった。

「んなことない。まだ昼休みだからね。休み時間をどこで過ごしていても自由だろ?」

 ハハ、と里玖はその整った顔を緩めて言う。海里はまたハァと溜息をついた。

「どうしてお前はそう、口だけは達者なんだ…」

 そんな呆れ返った海里の言葉に、里玖は海里よりも明るく脱色された髪を片手で弄りながら、「違うって兄貴」と無邪気な声音で返す。

「だって俺、学校に貢献してるじゃん? 勉強とか部活とかでさ。口だけじゃないよ」

 里玖は胸を張ってそう言った。着崩された制服や校則を無視した外見も、確かに里玖の言う通り、学校に貢献しているために暗黙の了解を得ているのだ。
 里玖は非常に出来た人間だった。勉強をさせれば全国模試でも常に上位であったし、スポーツをさせればそつなくこなす。特に、陸上の個人種目、短距離では全国区で有名なスプリンターだ。
 そんな弟を持って、海里は誇らしいと思うものの、兄の矜持が傷付かないわけではない。胸の奥で疼いた感情を押し殺して、海里は弟の頭をポンポンと叩く。

「…まったく、ちゃんと授業出ろよ? 和久井先生がこの前嘆いてたぞ」

 海里の言う『和久井先生』とは、里玖のクラスの担任で里玖の放蕩ぶりに胃を痛めている化学教師だ。

「なに、あのハゲ兄貴に告げ口したの?」

 急激に声のトーンを変えた里玖は、その表情も憎々しいものに変えた。寄せられた眉根が不機嫌な眉間の皺を作る。海里はそんな里玖に「馬鹿」と放って頭の上に置いていた手で再度ポンと叩いた。

「心配してんだよ、里玖のこと。和久井先生はさ」

 里玖はそれに納得いっていない様子でプイと顔を背けると、口を尖らせた。

「あーもう、そういうのウザい。兄貴の馬鹿」

 里玖はそう言うと、バッと海里に抱きついてくる。
 里玖は海里よりも若干低い身長ではあったが、それを感じさせない勢いと力で抱きつかれて海里はうわっと声をあげてよろける。
 そしてそのまま海里が倒れないように支えながら、里玖は自身が開いた扉の中に海里の身体を引き摺りこんで扉を閉めてしまった。


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あきゅろす。
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