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Lv.2-149
 そしてヤマトは両手を頭の後ろで組み、「まぁ、あとはあっちを片付ければいいだけだしな」とこぼして僕に背を向ける。その背中に僕は視線を投げたまま、片手をそっと握り込んだ。
 それを感じ取ったように、ヤマトはそこでくるりと身体を反転させる。
 そして、そこで猫のようなその切れ長の双眸を意図して大きく見開いて僕を睨めつけ、形のいい唇を開いた。

「―――だが、次にここにくさい駄犬を入れたなら、それすら破綻だ。いいな?」

 その声は、僕の能力など御構い無しの、純然たる憤怒に低く重い響きで僕を圧す。
 なるほど、これが代表者たる更沙ヤマトか、と僕は納得し、「あぁ」とひとつ頷いた。
 治外法権となるこの室内ですらそれを許さないとは、と思いながらも、ヤマトの強い怒気と殺意は、僕というよりも『彼』へのもののようで、僕はまたひとつなるほどと納得する。どうやら僕が誰と会っていたかは知らずに能力を用いた彼も、あの子に連なるものらしい。
 とはいえ、僕にはもう彼をこの室内に呼び入れる必要はないのだ。
 実際、もはや彼に頼らずとも、夢に頼らずとも、僕はあのひとに続く道を見出していたのだから。ただ、それは目前の『代表者』としての男の籠の中にしまわれていて、今は手が出ないだけで。
 ヤマトは言い終えると、来た時同様に、再び静かに去っていく。
 どうせ明日もまた顔を合わせることになるのだから、僕もそれを引き止めることはしなかった。
 僕はベッドに再び腰を下ろす。
 適度な柔らかさのベッドにそのまま横倒れに身を沈めれば、頬に髪がかかってこそばゆく、僕はそれを片手で払いのけた。ぱさと小さな音を立てて耳元に落ちるそれに、僕は不意に既視感を覚えて思考を巡らせる。
 そして、あぁ、とひとつ息を吐き出した。
 見開いた視界のなか、天井の照明は眩く、手を伸ばせばあの日の人工照明のそれのように掌を熱くする。
 ―――そう、かつてこのベッドよりも硬い、草花の生い茂る地面に寝転がった僕の頬に張り付いた髪を、同じようにーーー否、優しく剥がして、頬を撫でてくれた存在がいた。
 シェルターという天上の人工照明に煌めく金糸を耳にかけるようにして、寝転がった僕を見下ろして微笑んだひとだ。
 僕は目を瞑る。そうすれば、いつでもそのひとに出会えた。
 宵未が誇る北地区の一画、宵未一族のみが住まう美観地区のなかで、最も人気がないその場所はそのひとの庭だった。そのひとが育てた庭だった。
 第9地域の北地区に住むような人間にとって、ただ草木のみで覆われたその場所は無価値でしかなかったが、そのひとはそれを愛で、慈しんでいた。それを奇異な目で見るものは多く、あのひとはいつも困ったように笑っては、そっと目を伏せていたものだ。
 自身に与えられた色の鮮やかさだけが価値の基準である宵未の人間にとって、おそらくそのひとは異端だった。けれども、僕にとっては誰よりもひとらしく、何よりも美しくて、本当に大好きだった。
 そして僕は僕に与えられた、宵未の誰もが羨むこの色が嫌いで、自分が嫌いで、だからいつだってその場所に逃げ込んだのだ。
 そして逃げ込めば、いつだって、そのひとが見つけてくれた。


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