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Lv.0-7

「―――『彼方』」

 そう、ただ一言、ヤマトのよく通るその声で名前を呼ばれただけだった。
 たったそれだけだったが、俺はそれだけで身動きが取れなくなってしまう。
 言葉通り、まさに動けないのだ。
 『自分の意思』では。

「…っぁ、…っ」

 小さく、声とも呼べない音を声帯は吐き出して、両の脚に力が入らなくなった俺の身体は、いとも容易く手首を掴んだままのヤマトの腕のなかに崩れ落ちた。
 それはまさに、両の腱が切れたように唐突に、下肢の感覚がなくなる感覚だ。ただ、ズンと重い。
 そんな俺を受け止めたヤマトは、満足そうに俺の身体を抱きしめる。
 そして俺が動けないことをいいことに、その無駄に長い腕を俺の腰に回し、力が入らず赤ん坊のように首が据わっていない俺の後頭部を片手で支えて顔を寄せてきた。
 それが示すのは、不本意だがアレだ、アレ。唇がくっつくアレだ。
 どこをどうとっても『魅力的な男』からのそれは、本来なら願ってもないものだろう。少なくとも、俺以外だったらそうだったかもしれない。いや、俺以外にも願い下げな連中はいるだろうが、特に俺は輪をかけて遠慮したい。
 けれども、その唇を避けようにも俺の身体は動かない。指一本も、動かないのだ。
 そんな俺は、無抵抗のままやはりヤマトの唇を受け入れることになった。

「…っ」

 食むように上唇に歯を立てられ、そこから舐めるような舌の動きで下唇が割られる。そのままの勢いで歯列が抉じ開けられて、ズルリと入り込んできたのは肉の感触―――ヤマトの舌だ。その異物感と他人の肉の生温さが酷く気色悪い。
 そんな舌先が喉の奥で小さくなっていた俺の舌を見つけて、頼んでもないのに絡んできた。ゾワゾワと鳥肌が立つ。もう根っ子から噛み切ってやりたい。
 けれども、そんなことも出来ない俺の顎はだらしなくヤマトの唾液やら何やらを受け入れるしかなくて、必死に喉を上下させた。
 生きるための最低限の行動は『制限』されていないから、俺はそれだけに集中した。…いや、それだけしか出来ない、んだけどさ。
 正直、瞬きの出来ない目が、乾いて痛くて仕方ない。生理的な涙がそのせいで滝のように流れてくる。
 それに気付いて、ヤマトが仕方ないとばかりに唇を舐めていた舌先を眦に移動させて涙を舐め取った。
 ちゅう、と吸い上げられる肌の感覚に一層鳥肌が立って、俺は動かない腕を必死に動かそうとした。結局動かなかったけれども。
 そう、それが、ヤマトの能力だ。
 『絶対命令』(アブソリューター)という、特別枠の能力。『言霊』といえばいいのかな、口に出した言葉に力が宿る、そんな便利な能力だ。
 ちなみに、特別枠というのは、順位(ランク)の存在しない、世界で唯一の能力ってこと。普通の能力は、その強さにあわせてランクがあり、階級(レベル)が決まるけれど、ヤマトのような唯一無二の能力はランクなどつける意味もなく(だって一人しかその能力者がいないから)最高レベルだ。
 そしてそのレベルに相応しく、ヤマトの能力『絶対命令(アブソリューター)』は非常に使い勝手がよく、かつ、強力だった。
 例えば、今の俺のように下位の能力者ならば、『名前』を呼ぶだけで自分の支配下に置けてしまう。
 まさに『人形』のように。
 他にも、ヤマトの『力』の入れ加減で言ったことが真実になるという本当にずるい能力だ。
 勿論、ヤマトは他にも幾つかの高レベルの能力を持っているんだけどさ。
 神様がいるなら、何でこいつばっかり凄い能力与えたんだって問い詰めてやりたいくらいだ。


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