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Lv.1-16

「ッチ…ずっと寝てりゃいいのに…」

 未来は小さくそう零しながら、料理の取り分けられた皿をミツハさんの前にどんと乱暴に置いた。
 テーブルがその弾みで揺れ、皿に乗ったタンドリーチキンぽい鶏肉が一瞬宙に浮いた。その上ソースが若干テーブルに飛び散っている。
 俺は眉根を寄せて口を開いた。誰が掃除すると思っているんだ。作るのは未来の仕事だが、後片付けは俺の仕事と決まっている。

「未来」

 俺が窘めるように名前を呼べば、未来はフンと顔を背けて近くにあったミネラルウォーターの入った瓶を再びミツハさんの目の前にドンと乱暴に置いた。オイ、せめてカップを用意しろ。

「未来!」

 それに俺が怒りも露わに声を荒げれば、当てられたミツハさんは俺を制して目前の瓶を直接呷った。ゴクゴクと一気にそれを喉に押し込み、半分ほど胃に収めてしまえばプハッと息を吐いて口元を拭う。その仕草が、見た目の秀麗さに相反してワイルドだ。格好いい。
 俺が目を輝かして言葉を失っていると、未来がまた舌打った。もう隠しすらしない。
 そんな未来の様子にミツハさんは瓶を片手に持ちながらクックと喉奥で笑う。

「おい未来、眉間の皺がすげぇことになってるぞ」

 そしてミツハさんは口元に笑みを浮かべて目の前の未来に言う。声を掛けられた未来はグッと口元を歪めて、指摘された眉間の皺を更に増やした。
 それに益々したり顔になるミツハさんは、もう一口瓶を呷って「可愛い奴め」と零すと、フォークを器用に使って皿から飛び出し気味になっている料理を啄み始める。
 未来はまた「クソ」と吐き捨て、ついで「オイ」とミツハさんにぞんざいな言葉を投げつけた。それにミツハさんが皿から顔を上げる。

「…彼方のこと。やっぱりこっちに置くことにしたから」

 早口で紡がれた言葉に、最初に反応したのは俺だ。
 そうだった、そういう話だったんだっけ。でも、最終的な判断―――俺まだうんって言ってない。頷いてなかったのに!

「っちょ! 待てよ未来! 勝手に決めんな!」

 俺は慌ててテーブルを叩くが、未来は一言、「彼方は黙ってろ」と切って捨てる。ひ、酷い奴だ。
 俺が肩を震わせて噴き上がる怒りを処理していれば、未来はさらに「反対意見は聞かない」ときっぱり言い切る。どうしてくれよう。
 そして対するミツハさんといえば、「あー」と短音を伸ばして未来と俺を交互に見つめ、一つ頷くと、「なんだ未来」と呆れたような声音と口調で零した。

「またいいようにヤマトのやつに出し抜かれたのか?」

 その言葉に、未来が息を飲んだのがわかった。
 そしてすぐにサングラス越しでもわかるほど、苦々しい表情に変わる。
 テーブルの上で握り締められたその拳が硬直し、小さく震えながらゆっくり弛緩していく様を俺は声も出せずに見守るしかなかった。
 だって、俺は何にも言えない。未来が出し抜かれる云々以前に、俺が引っ掛かったのが悪いんだから。
 ミツハさんは、決して俺を責めない。いつだって未来を責める。俺の失敗が未来の失敗になるのだ。
 何故なら、俺が一番弱いからだ。俺が弱くて、未来が強いからだ。そしてそれを未来は享受している。だから過剰なほどに心配症になるのだ。
 俺はそれを知っているけれども、ミツハさんの言葉を覆すことも、未来を擁護することもできないんだ。
 悔しくなって俺は唇を噛みしめた。

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あきゅろす。
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