Lv.1-13
「ミツハさん!」
そして俺は、俺の想像する人の名前を呼んだ。
俺の窮屈な視界のなか、その平凡な景色のなかに映り込んだ、非凡な人の名前を。
「ん、おはよ、彼方、未来」
俺のそんな呼びかけに、視界に映り込んだその人は、まさにあの家族写真の中からそのまま抜け出したような―――否、写真そのままの姿で、若干乱れた黒髪を片手で無造作に梳かしつけながら近づいてきた。
そう、あの写真を撮った日から、もっといえばおそらく出会った時から変わらぬ姿の綺麗な人―――その人こそ俺の大好きな人、ミツハさんだ。
おそらく、という曖昧な表現は、出会った時が俺の理性の働かない赤ん坊の時だったためだ。
そのころから判断がつけば俺は凄い人間だろう。平々凡々となんてしていないに違いない。まぁとにかく、俺の物心がついた時から、ミツハさんは今のミツハさんと寸分変わりない姿だったのは確かだ。
けれどもそれは、決してありえないことではない。ありえないことではないが、そう頻繁に起きる事象ではない。
この『姿が変わらない』という現象は、極一部の人間のみにだが起きるものなのだ。
つまりミツハさんはその極一部に当てはまる人間ということ。凄い。
とにかく、俺は生のミツハさんが起き出したというその事実に興奮して、それまで俺の頬にあった未来の掌を放ってミツハさんに駆け寄った。
勢いよく椅子から立ち上がったせいで、太腿がテーブルにぶつかり、その上に並べられていた食器がガチャンと跳ねる音を立てた。
俺の太股もジンジンと痛んだが、そんなことに構っている場合ではない。まして、俺の視界から消えた未来のあからさまな舌打ちも黙殺だ。
そして俺は、欠伸を噛み殺していたミツハさん―――その姿も素敵だ―――に、「おはようございます! それからおかえりなさい!」とそう言って、その長身痩躯の腕の中に勢いよく飛び込んだ。
そんな行為によろけることもなくミツハさんは俺を受け止めて、苦笑の声を零すと「ん、ただいま」と返してくれた。
俺は嬉しくなってぎゅうとその身体を抱きしめる。
温かい温度と、久々のミツハさんの存在に俺の精神年齢は極端に低下した。うう、ミツハさんが補給されていく…幸せ。
「かわんねぇな、彼方の抱きつき癖は」
ミツハさんがそう零して頭上で笑う。ついでに俺の背中に回していた掌で「よしよし」とまるで子供にするような口調でもって撫でてきた。
これが未来だったら文句を垂れるところだが、ミツハさんだからいい。むしろしてほしい。
それにその声音は、決して馬鹿にしているものではなく、仕方ない奴だというような感じの色だったから、俺は安心して「ミツハさんにだけだからいいんだ」と零した。そう、他の奴だったら張り倒している。むしろしない。
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