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Lv.1-10
 俺はしばらくその至福の一枚である家族写真を眺めた後、どうせこれから生のミツハさんが見られるんだし、と元の場所にそれを戻すとソファへ再び座り込んだ。
 そして未だに肩にかかったままのタオルでガシガシと髪を拭う。
 濡れそぼって房になった黒髪が想像以上に強敵だ。下手に扱うと絡むし引っかかると引っ張られて痛い思いをするんだ。
 そんな良いところなしの自身の頭髪に、否、自分自身そのものに俺は一つ溜息を零す。
 自分の姿はみすぼらしいし、着せられた未来の服は大きいし、どうにもこうにも弱いし、変態には追いかけ回されるし、いいところなしだ。
 否、最後のは俺にはどうにもできない事項だが、それもひっくるめていいところがない。俺って本当に世界の底辺に近いところを這いずっているよな。
 それでも底辺にならないのは、周囲の人間が最高だからだ。
 未来にミツハさん、俺には勿体ないくらいの家族がいるから、本来ならそれでドンと上にあがるところだけれども、その足を引っ張るように最悪な人間もいるわけだ。例の変態、変人、鬼、悪魔が。
 俺はそこまで考えて、ぶんぶんと頭を振った。
 危うく件の変態のことを思い出すところだった。
 風呂で色々考えたのがいけなかったのかもしれない。やめよう、あいつに関わることでいいことが起きた試しがない。うん、それが賢明だ俺。
 そして俺はソファの上でゴロゴロと横になって、完全にリラックスモードに突入だ。
 白のクッションが生乾きの髪の水分で斑模様になったが気にしない。どうせ後で未来が文句を言いながらどうにかするだろうからな。
 ついでにと使ったタオルもソファの下に放り投げた。もうこうなったらとことんやろう。
 そんなこんなで時間を潰していれば、キッチンから未来が顔を出して「飯できた」と声をかけてきたので、俺はそれにのそのそと起き上がる。
 俺の不始末に気づいていない未来は再びキッチンへと引っこんだ。
 そのあとを追って俺もキッチンに入れば、香ばしい食欲を誘う香りが鼻腔を擽った。
 それだけで俺の現金な腹はぐぅぅと鳴る。ああ、蠕動が激しくて盛大な腹の音が何とも恥ずかしい。聞いてるのが未来だからまぁいいけど。
 そんな、未来にしたら「いいのかよ」と言われそうなことを考えながら俺は食卓に着いた。
 そこに並べられたのは豆抜き野菜スープやタンドリーチキンっぽい料理、あとは俺には名前もわからない料理たちだ。悪かったな、俺はグルメでも何でもないから、料理名なんてさっぱりだ。食べられればそれでいい。俺の料理の基本なんて生か焼くか煮るかだ。むしろそれ以外できない。
 そんな俺でも、料理の味の善し悪しくらいはわかる。
 「いただきます」と一言言ってからそれらを口に運べば、流石未来、美味い。というか、まともな飯なんて何日振りだろう。最近極貧生活だったからな、胃が吃驚しないといいんだけど。
 そんなわけで滅多に食べられない豪華な料理に俺の手は止まらない。
 それを苦笑しながらも見守る未来に俺の心は暖かだ。

「馬鹿、がっつくなよ。詰まらせるだろ」

 時折そう言って飲み物を差し出してくれる未来に、俺は「ん、ありがと」と答えて、しかし手は休めない。
 だって食えるときに食っとかないと、いつそれができなくなるかわからないんだし。


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あきゅろす。
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