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Lv.1-8
 まぁそれはさておき、とにかく、俺は裾の長い―――いや、本当に足の長さが大分違うってなんか嫌だな―――未来の服を引き摺りながら狭くはない室内の片隅にどんとおかれたソファに腰を据えた。
 元はそれなりに良い代物だったのだろうそれは、今では擦り切れて俺の体重を受け止めるとギィと嫌な音を立てる。
 そのかわりにわきに置かれたクッションは真新しい白さで存在を主張していて、俺はわざとその上に座りなおしてやった。
 そんな子供じみたことをしながら、俺は未だに濡れたままの髪を再度タオルで拭う。
 するとその指先が、小さく震えているのに俺は気付いて目を見張った。
 それは、決して不安や恐怖によるものではない。そう、歓喜と期待と緊張による震えだった。
 何故ならその原因は、すでにこの家の中に存在するのだから。
 ―――ミツハさん、俺の大好きな人。
 本当にその人が今この家の中に存在するということを、他者―――未来によって確認できたのが、精神的に一番きた。
 これが―――この、俺の『幸せ』の象徴であるミツハさんとの再会が―――俺の見る都合のいい夢なんかじゃないんだって、わかったから。
 だって、下手すれば、あの最悪なヤマトとの鬼ごっこの末に意識を飛ばした俺が見ている夢、なんてこともありえると思ってしまったのだ。
 俺は不幸体質だからな、どれだけポジティブに考えてもそれに現実が付いてきてくれないことの方が多いんだ。心配性になっても仕方ない。殊、ミツハさんに対する事項は慎重になるのは否めない。それだけ好きなんだ。
 それこそ、今までの、これまでの腹立たしいヤマトとの記憶も吹っ飛んでしまうくらいには、今、俺の中にはミツハさんしか存在しない。存在できるキャパシティがない。だって、本当に本当に、大好きなんだ。
 しかし悲しいかな、未来が言ったとおり、俺の大好きな当のミツハさんは、目下爆睡中なのだ。
 声をかけても、俺には出来はしないが足蹴にしたって、目覚めないほどの深い眠りについている。
 ちなみに足蹴は実際に未来がしていた。ふざけてる。
 それを俺は声にならない悲鳴を上げて目撃し、この馬鹿未来と心からの制裁を加えておいた。威力はないが数だけは頑張ったつもりだ。
 それでもケロリとしていた未来に今でも腹が立つからこれ以上思い出すのはやめることにしよう。
 とにかく、ミツハさんの寝汚さは俺も認めるところだ。残念だけど、本当に起きないんだ。
 けれども一つ言わせてもらえば、それも仕方ないことなのだ。
 だって、ミツハさんは俺たちがいないところでの長期の仕事中、まともに寝ないらしいのだ。
 今回の場合は3カ月間、不眠だったらしい。
 それが、寝座に―――俺達の元に帰って来て、ようやく緊張の糸が切れて爆睡しだしたのだと未来は笑って言っていた。
 でもそれって俺たちにとっては凄く嬉しいことなのではないだろうか。少なくとも、『特別』であるという証拠なのではないだろうか。
 そこまで考えて、俺は緩んだ頬を引き締めることを放棄し、満面の笑みを浮かべた。
 普段の俺からは考えられないほどの緩みっぷりに、自分でも軽く異常だと思う。俺は普段こんな奴じゃない、はずだ。
 その証拠に、俺のこの顔を見るたびに未来が気持ち悪そうな―――眉を顰めて口角を下げる、苦虫を噛み潰したような、不機嫌そうな―――表情になるのだ。というか、普通に失礼なやつだな未来って。


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あきゅろす。
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