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Lv.1-5

 ―――と、いうか、忘れられないくらい思い出したくない記憶なんだよな。

 と、俺はふと思った。
 ポチャンと天井に結露した水滴が湯船に溜めた水面に落ちて音を立てた。
 俺は今まさに入浴中だ。シャワーだけですまそうと思ったのだけれども、どうせだからと未来がわざわざ湯を張ってくれたので厚意に甘えて肩までどっぷり浸かって温まっている。
 だって、どんだけ冷たい風に吹かれていたと思ってるんだ。芯まで冷えて感覚がなくなったくらいだぞ。
 とにかく、極貧の自宅だったら考えられない湯船付きの浴室で、俺は念には念を入れて自分を磨いたあと、溢れんばかりに溜められた湯に浸かっている。あー生き返るとはこのことだ。
 そしてこの透明な湯の中で俺は疲れやら嫌な記憶やらを全て放出して、すっきりした気分であの人に再会するんだ。うん、少しはましな姿になってあの人も俺のこと好きになってくれるかも。会わないうちに変わった俺を見て魅力を感じてくれるかもしれない。それでもしかしたら本当に脱家族で祝恋人的な…!
 俺はそんな急展開な自分の空想に思わずにやけて緩んだ自分の頬を両手で支えると、身をくねらせた。ああ、最高…、素敵過ぎるぜ俺の想像力…。ああもう、そうなったら幸せだ。
 平凡極まりない俺のそんな奇行は、他者が見たならば気持ち悪いと口を揃えて言うだろうが、今この場にいるのは俺だけだ。だからいいんだ、どんな空想を繰り広げようと俺の勝手だ、と俺は心の中で主張する。…つまり、少しは道徳心という奴が疼いているというわけで。だって、俺とあの人が、そ、そんな…ごにょごにょな関係になるなんて!
 俺は終いには声にならない奇声をあげて水面をばしゃばしゃと叩いて湧き上がる何とも言えない感情を発散させた。
 そんな音に驚いた未来が慌てて顔を覗かせたのは言うまでもない。


「…おまえ、あいつが関わると性格変わるよな…」

 風呂からあがると、未来はどこか疲れた顔でそう言って俺に着替えを渡してきた。俺はそれを無言ではねつけ、未来から受け取った服を広げる。
 未来は「おい無視かよ」と零したがそれも無視だ。
 それよりも、見るからにサイズが合わない服に俺はジロリと未来を睨む。
 俺と未来では悲しいかな、体格が違う。身長は平均的だがひょろっとした俺は、未来の服を着るとむしろ服に着られた感じで不格好になる。笑うなよ、自分でも自覚しているんだ。
 けれども、汚れた服を再度着るのは嫌だったし、なによりあの変態にされたことを思い出してしまうのでもう破棄だ、あの服は破棄。貧乏性の俺だが、それくらいはきっちり切り捨てられる。ああ、思い出したらせっかく流してきた嫌な記憶が蘇ってしまいそうだ。
 俺はぶんぶんと頭を振ってどこか不貞腐れている未来の服を着込んだ。

「…ったく、なにやってんだよ未来」

 そして俺は濡れたままの髪をタオルで拭いながら未来に放つ。
 それに未来は「いや、いいんだ…彼方はそういうやつだし…」とどこか諦めを秘めた声音で力なく零すと、俺の濡れた頭をポンポンと撫でた。なんだかムカつくな。


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