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Lv.1-3
 そんな俺に、そいつはにっこりとそのひどく整った顔を破顔させて、再び俺の隣に寄り添ってくる。
 俺よりも長い足を持っているくせに俺の歩みに合わせてくれるそいつは、『彼方、彼方』と歩きながら何度も俺の名前を一人口の中で転がしていた。
 それに俺が『なんだよ、鬱陶しい』といえば、泣きまねをして『彼方が冷たいー』と零す。
 いや、まじで鬱陶しい…。
 けれども、どこか気恥かしいという気持ちの方が強かった。だって、そんな風に自分の名前を呼んでくれるのは、『家族』しかいなかったから。

『…あれ、でも九条って?』

 相も変わらず彼方彼方と繰り返していたそいつがふと、小首を傾げて俺に問いかけてきた。
 それもそうだろう、基本的に北区域では名字を持たないものが多く、それを持つのはなにか『事情』を抱えている場合が多いのだから。
 けれども、俺の場合は取るに足らない理由だ。

『あー俺、九条通りに捨てられてたの。だから九条ってさ』

 わかりやすいだろ、と俺が笑えば、『ふーん、そうなんだー』とそいつは軽く流した。あまり突っ込まれるのも心地の良い話ではないので、その反応に俺は頬を緩ませる。
 そしてそれからは言葉もなく、ただだらだらと裏道を歩いた。俺とそいつは、何時だってそんな感じだった。俺が一人のとき、そいつはどこからかひょっこり現れて『やっほー』と声をかけてくるんだ。そうしたら、俺も『なんだよ』って返して何をするでもなくだらだらしたりして。
 でも俺は、そんな時間が嫌いじゃなかった。家族以外の誰かと親しくするのは、これが初めてだったからかもしれない。だからだと、俺は思った。
 二人で歩く裏道が、もっと長く続けばいいと思ったなんて、そんなこと。

『彼方ってさ、綺麗な響きだよなー。うん、俺ちゃんと覚えた』

 ふと、歩きながらそいつはそんなことを言った。ニコッと誰もが見惚れる笑みを浮かべて、何度も頷いていた。俺はその意味がよくわからなくて、小首を傾げる。
 けれども、まぁいいかとすぐに思い直して『何度も連呼すんな』と吐き捨てて顔を背ける。
 勿論、子供っぽい照れ隠しだった。それを自覚すればますます恥ずかしさが増してそいつへの対応がぶっきらぼうになっていく。
 そしてなんともなしに湧き上がる羞恥に耐えていると、ふと、俺もそいつの名前を知らないことに気づいた。
 なんてこった。人のことは言えない自分の馬鹿さ加減に違う意味での羞恥が襲ってくる。
 でも、だって、何時だって『あんた』とか『おまえ』とかしか呼んだことがなかったから、仕方ないじゃないか。そいつも、それで通じていたんだし。


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