Lv.1-2
崩れかけのビル群を背景に、夕暮れの裏道を俺に寄り添って歩くそいつは、独特な赤い髪を揺らして俺にそう問いかけた。
長い影が整ったそいつの顔に落ちて、俺は目を細めてそれをまじまじと凝視した。
なんだ知らなかったのか、とどこか拗ねたような感情が俺の胸に湧いていた。
『―――彼方だよ、九条彼方』
俺は、その感情を隠すようにわざと素っ気なくそう返した。そうすれば、隣でそいつが小さく笑ったのがわかって、俺はツンとした表情になる。
それにそいつはますます笑い出し、俺はもう知るか、という気分になってそいつを置き去りにするように歩むスピードを上げた。
けれども、難なくそいつは俺の隣に追いついてきて、『ごめんなー?』と未だ喉元に残っている笑い声を噛み殺して謝罪の言葉を向けてくる。
どうせ俺は子供っぽいよ、とますます怒りがわいて、俺はフンと鼻を鳴らし、顔も逸らして機嫌の悪さをそいつにアピールした。どんどん意固地になる自分を止められなかった。
『彼方ー?』
けれども、そいつの薄い唇から零れおちた俺の名前のその響きに、一瞬、前に出しかけた足を止めてしまう。
思わずたたらを踏んだ俺は、次の瞬間にはそいつに背後から羽交い絞めにされていて、身動きが取れない状態になっていた。
『…離せよ』
できる限り不機嫌な声を発しながらも、内心はバクバクした心臓を落ち着かせようと俺は必死だった。長い腕にすっぽり収まってしまう自分自身の小ささも何だか恥ずかしかったが、それ以上に、そいつから呼ばれた自分の名前に動揺していた。
だって、その低くてよく通る声で、初めて名前を呼ばれたんだ。
『離したら彼方、俺のこと置いてくだろー。だから離さない、ごめんなー?』
『フン…』
低姿勢のそいつに、腕を解くように軽く叩いて促して、俺はジロリと背後のそいつを睨みあげた。
そうすれば、そいつは『ごめんって彼方ー。許して?』と腕を放しながらなおも言いつのった。
俺よりも大分高い位置にある頭をこてんと横に倒して、俺に手を合わせてくるそいつは、猫っぽいその翡翠色の双眸をはめ込んだ眦を情けなく垂らして俺にそう懇願してくる。
それなら、仕方がない。そこまでいうなら、仕方ない、許してやろう。
俺は『わかったよ』とぶっきらぼうに言って、けれども内心はホッとしていた。だって、このまま喧嘩別れなんてしたくなかったんだ。
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