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Lv.0-5
 とにかく、目前に迫るその男は、どういうわけか俺という凡人に執着しているのだ。
 そんな男が50メートルというまさに目と鼻の先まで迫っていることに気付かないなんて、どれだけ注意力散漫なんだ、と俺は数分前の自分を殴り飛ばしたい心意気だ。
 俺の能力は集中力に比例して感知範囲が広がるから、そうとう気を抜いていた証だった。それは、もうじきホームだという安心感と、無事に仕事を終えてきたという達成感からだったかもしれない。
 だが、なにより相手がヤマトだったということが、俺を常になく焦らせていた。
 これがこの男以外だったら、俺だってここまで冷や汗ダラダラの状態にはならない。前にも言ったけど、逃げ足だけは自信があるんだ。
 しかし、この男に対しては、正直、逃げ切れる自信がないのも事実だった。
 俺は内心舌打ちし、今更ながら近づかれた分だけ後退していく。
 けれども、それに気にした様子もなくヤマトはズンズン近づいてきた。俺もジリジリと下がるが、そんな努力も無駄に段々とヤマトとの距離が縮まっていく。
 これは断じて俺と相手の足の長さの違いだと思ってはならない。前進するより後退するほうが足の運びが難しいんだ、と俺はここに主張する。
 そんな逃避のなか、現実では確実にヤマトとの距離は縮まり、その容貌が大分はっきりしてきた。
 すっきりと通った鼻梁にきりっとした眉、双眸は翡翠。ニコニコとした笑みを湛えた口元は上がり、猫のような吊り目がちの目尻も今は下がってその雰囲気を柔らかくしていた。
 しかし同時にその瞳に宿る光の強さが、見た目に反して怒気を含んでいることを俺は察してゴクリと、無意識に口腔内に溜まっていた唾液を嚥下する。舌先が痺れて口腔内の粘膜が苦味を孕んだ。
 俺は、機嫌の悪いヤマトの行動の酷さを身を持って知っている。
 無駄に追いかけまわされているわけではない。
 ヤマトは、俺という獲物を追い掛け回した挙句、引きずり倒して死なない程度に遊ぶのが趣味の変態なのだから。
 咥内で震える舌先を動かしクソッと悪態を無理矢理吐くと、俺は顎を引いてヤマトを睨み付けた。
 ピリピリと肌を刺す目に見えない『力』の根源であるヤマトは、しかし、そんな俺の視線を悠然と受け止める。むしろ、俺のそんな視線を受けてより一層笑みを深くした。
 睨まれて笑うなんてなんだかもう気持ち悪い。そんな気持ちが張り詰めていた気を緩めさせたのかもしれない。
 一瞬、たった一瞬、肩の力を抜いたその瞬間に、一気に肌を鋭利な刃物で突き刺されたような感覚に陥った。

 ―――まずい、と純粋に思った。

 それは圧倒的な力への恐怖感から来るものだった。
 そして、そう思ったときには既に、ヤマトの姿は目前に存在していた。


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