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Lv.0-45

「俺の彼方にベタベタ触れてんじゃねぇよ」

 現に、不機嫌丸出しの声音でヤマトが抗議してきた。俺としては、なにやら聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするのでそちらに抗議したいのだけれども、弱い俺ができるはずもない。くそう。
 それでも、なんとか睨みの一つでもくれてやろうと奮起して恐る恐るだけれどもヤマトに視線を落とせば、ああ、止めておけばよかったと早々に後悔した。
 だって、いつの間に握られたのか―――いや、むしろ何本持っているのか、どこに隠していたのか、という疑問のほうが大きいけど―――片手におさまっている銀色のナイフの煌めきが眼に痛い。またぶん投げてくるんじゃないかと俺は内心恐恐だ。未来の力に頼るしかない。助けてくれ未来。

「だいたいさーマジでうざいんだよねーお前」

 下方でヤマトが首を見上げる形で固定し口を開いた。そしてその言葉の中、お前、の部分で未来の方へとナイフの切っ先を向ける。
 俺にはキラリと太陽の光を反射するそれが、必要以上に尖っているように見えて仕方がない。刃物を人に向けるな、なんてお綺麗な常識は俺たちの間には通用しないから、それを問うことはないが、できれば向けられたくはない。だってやっぱり怖いし。刺さったら絶対痛いし、死ぬし。
 そんな俺の思考を綺麗にスルーして、未来に対して侮蔑の表情を浮かべたヤマトは、風で靡く赤髪を気にした様子もなく続けた。

「彼方にベッタベタ触りやがって、そんなに死にたいわけ? 死にたいんだろ? なぁ」

 切っ先を未来に向けていたナイフの柄の部分を、クルクルと器用に指先で回してヤマトが吐き捨てる。垣間見えるヤマトの翡翠色の双眸が赤い髪の合間でぎらぎらと光っていた。
 本気だ、と俺は思った。ヤマトは本気の殺意を未来に向けている。痛いくらいのそれは、ヤマトが能力を使える状態であれば、この周辺一帯が廃墟群から更地になるのではないかと思えるくらいの重圧だった。
 けれども、未来はそれを気にした様子もなくフンと鼻で笑うと、強気に言い放つ。

「あぁ? 独り善がりもいい加減にしろよ。彼方はテメェのもんじゃねぇ。『俺の』家族だ。触れるのもテメェが関知することじゃねぇよ」

 それに、より一層ピリピリとした痛みを伴う緊張感が未来の小脇にいる俺にも伝わってくる。
 例えば、未来が炎熱の怒りをもつなら、対するヤマトは酷寒の怒りを持って対峙していた。2人の間の空気が酷く重い。俺の気分もだいぶ重い。だって、俺はそこで唯一の異物だ。戦力外―――むしろ元凶か―――だから、どうにも居たたまれない。
 そして、『俺の俺の』と主張されている俺だが、俺はあくまで俺のものだ。これだけは譲れない。譲れないが、それをこの場で主張できるだけの勇気もない俺は、結局、所有権を放棄するしかない。できるなら未来に頑張ってもらって、得た所有権を俺に譲渡してもらおう。それが一番いい。

「―――『家族』、ねぇ…? 『家族』…」

 ヤマトは頻りに『家族』という言葉を吐いた。睨みつけてくるその翡翠色に浮かぶ感情は何なのだろうか。掌の中で揺れる銀色が度々未来へ向けられている。

「そうだ。だから絶対に彼方をテメェにはやらねぇ」

 未来がそうヤマトへ言い切れば、ハッと大きく息を吐いてヤマトが嘲るように笑う。次いでバキッという固い音が俺の耳に届いた。
 何事かと音の発生源であろうヤマトの方を凝視すれば、ヤマトの掌の中でナイフの柄が粉砕されていた。指先を伝う赤ははずみで切れたヤマトの皮膚からの出血だろう。
 その痛みすら気にならないのか、ギラギラしたヤマトの視線はより一層強く俺達を射抜く。
 ゾワゾワとした冷たい何かが俺の背中を走り抜けていった。

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あきゅろす。
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