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Lv.0-40

「仕方ねーなー」

 俺とヤマトの間に走った重苦しい空気を払拭するように、俺に馬鹿と言われ続けた未来が片手で傷んだその髪ごと頭をガリガリとかきながら口を開いた。
 未来はなんだかんだいって俺の頼みは聞いてくれる頼れるやつだ。うん、信じてたぞ未来。
 けれども。

「なんだかしんねーけど力を使う気がねぇやつを甚振ってもつまんねーしな。今回は『見逃して』やるよ、クソ野郎」
 
 俺はそんなこと言えとは言ってないぞ、この馬鹿未来が!
 ただ逃げろと言っただけのはずなのに、この馬鹿は救いようがない。これ以上ヤマトの機嫌を損ねてどうするんだ、最終的にその責任は俺に降りかかってくるというのに。
 目前のヤマトに対して、あからさまに皮肉めいた形に口元を引き上げて言い放った未来に、俺はその脇腹をどつく。
 そして言い放たれたヤマトといえば未だにその表情を凍りつかせたままで、それを確認した俺は慌てて視線を逸らした。
 うっかり目が合おうものなら夢にまで見そうな恐ろしさだ。
 眇められた双眸はいまだに俺を追っているような気がして、安全な未来の腕に抱えられてなお、俺の背筋はぞわぞわと粟立つ。ついでぶるりと震えが走った。
 そんな俺に気づいて、未来は無言でタンッと地面を蹴った。
 そうすれば、一瞬下方へ引き摺られるような重力を受けてから再び上方へ引き上げられる浮遊感に胃の辺りが疼いた。
 それが『重力制御(グラビティ)』の応用による空中浮遊だと俺はすぐに気づく。地に足が付いていないのはどうしても心許なくて不安になるが、かわりに大事な荷物を抱くように回された未来の腕に俺は無意識につめていた息を吐いた。
 しかし気分はいまだに地獄の一歩手前で何とか踏ん張っているという悪さで俺を苛む。
 原因たるヤマトの姿を無意識に探して、俺はすぐにその行動を後悔した。
 すでにその位置が2、3メートル下方になったヤマトが俺たちを見上げていた。
 赤茶色の短い髪が、強まったビル風に靡いて俺の視界の一部をその色で染めあげた。
 あまりの鮮やかさに、俺は無意識に目を見開く。
 そしてその瞬間、翡翠の双眸が俺の視線と絡んだ。

「―――彼方」

 離れた位置にいながらも、強い風にびゅうびゅうと音をさらわれながらも、俺はヤマトが口に出した声を確かに聞いた。
 薄い唇が言葉を吐き出すのを、喉奥、目に見えぬ声帯が震えて音を響かせるのを、まるですぐ傍にいるかのように俺は聞いた。聞いてしまった。
 能力―――『絶対命令(アブソリューター)』を使えない今、その言葉に何の強制力もないはずなのに、俺の身体はその一言だけでまるでヤマトの人形になったときのように硬直した。
 まるで俺とヤマトだけが世界から切り離されて、そこに存在しているような、そんな変な感覚だった。
 そう、『変』としか言いようのない感覚。
 激しい風の音も聞こえない。ただ、ヤマトの眇められた翡翠色と、薄い唇の動き、ナイフを挟む長い指先、それらを視界に収めていく。
 聞きなれたその声を、その音を、その響きを、ただ鼓膜が拾いながら。
 
 ―――喉奥が渇いた。

 うまく空気を吸い込めない気管がきゅうと変に高い音を立てて萎む。息苦しい。酸素が足りない。
 俺は無意識に助けを求めるようにヤマトを強く見下ろした。


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あきゅろす。
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