Lv.2-142
「う、う……」
俺はその居心地の悪さから唸るように喉を鳴らす。
口を噤んでしまえば何かが起きてしまいそうで―――それは俺の精神面での恐るべき方向への変化か、それとも現実的なヤマトからの接触か、俺にはよくわからない。
ただ、沈黙を俺は恐れた。
何かが変わってしまうような、そんな予感に俺はヤマトの下で震える。震えたいわけではないし、室温だって腹がたつほど適温だというのに、それでもわけがわからず震えてしまうのだ。
俺の脳内はただただ混乱ばかりで、自分の身体の反応が理解できない。納得がいかない。こいつの前で、無様な姿なんて、弱い姿なんて、これ以上晒したくないのに。
そんな俺に、俺の身体を抱きしめたままのヤマトは少しだけ息を吸い込む。その呼吸音が俺の鼓膜を打ち、俺はますますどうすればいいのかわからない。いや、どうすればいいかなんてわかっている。すぐにのしかかるように俺を抱きしめているヤマトを、殴って蹴って引き剥がせばいい。たとえ俺の首にむかつく首輪がはまっていても、その先に鎖が繋がっていても、俺の手足は自由のはずだった。
それなのに、俺の手足は重くシーツに沈んでいる。俺が恐ろしいと思うのは、決してヤマトの『絶対命令』が働いているわけではないということだ。いっそ、『能力』で戒められているのであればよかった。そうであれば、俺はこの状態を、この感情をどうにか受け止められただろう。
どうすればいいのかわからないほど、俺は動揺している。この重い身体を、どかすことができない程度には、俺は困惑していた。
「……大丈夫だよ」
不意に、ヤマトの声が俺に届く。一瞬、すべての音が消えたような錯覚に陥り、その声に俺の意識は他の思考を止めた。
俺の首筋に顔を埋めていたヤマトは、もう一度「大丈夫」と俺をなだめ落ち着かせるような、そんな子供に言い聞かせるような口調で言う。
俺はそれにまた小さく「うぅ」と声にならない声を漏らした。本当にどうかしてしまったのだ。今日は、きっと色々あったから、きっとおかしくなってしまっただけだ。
俺のそんな思考を読んだように―――こういう時だけはちゃんと伝わるのが腹がたつが―――ヤマトは「いいよ、大丈夫だから」と続けるのだ。
「ほら、寝よっかー。……大丈夫、起きたら変わらず明日になってるよ」
「だからおやすみ」と続いたヤマトの声に、俺は唇を噛む。
変わらないことを望む俺に、どうしてこうしてその言葉を紡ぐのか―――俺はなんだか胸が苦しくなって、そして考えることをやめた。だめだ、絶対こんなのおかしい。本当にどうしたのだと、自分の頭の中を自分で覗いてみたくなった。絶対変だ。
そしてそんな俺の鼓膜に、再びヤマトの小さな笑い声が響く。そして頬にすり合わせられるヤマトの肌に、俺はびくりと背中を震わせた。
「あは……、素直な彼方、かーわーいーいー」
それに、今度こそ俺の素直な手足は「うるさい!」という俺の声に従ってヤマトに襲い掛かったのだった。
―――そうした必死の攻防の後、気づけば瞼が落ちていたので、俺はその後のことは知らない。知らなくて多分いいんだ。だって、あいつが、ヤマトが、大丈夫だと言ったのだから。
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