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Lv.0-37
 俺が現状について辛うじてわかったのは、背後から伸ばされたのであろう『誰か』の腕が、がっちりと俺の腹の辺りで巻かれて、そのまま一気に上昇したということだけだった。
 そう、ぺったりと引っ付いていたはずの壁に、思い切り背中を擦り上げられながら。
 そして俺は、そいつに抱えられながらタンと軽い音を立てて横たわるコンクリートの壁の頂上に着地した。
 その間俺が発せた言葉といえば、「ぐえっ!」と「ぎゃあ!」と「イテェ!」だけだ。
 ぎっちりと閉じていた瞼もその驚きと背中が擦れた痛みで全開になって―――いや、いつもより開いていたかもしれない。目が飛び出す勢いだった―――展開中だった能力も一気に消失した。
 なぜかというと、決して壁は平らではなく、何度も突起物に背中を擦られたのだから。きっとすごい擦過傷ができているに違いない。物凄く痛かった。集中力も何もかも吹っ飛んだ。よく気絶しなかったと自分を褒めてやりたい。さっきまでは気絶したかったが、さっきはさっき、今は今だ。
 とにかく、そんなことにもめげずに俺は腕の持ち主を確認するために背後に視線を向けた。
 けれども、俺にはその腕の持ち主が誰であるか、すでに予想ができている。
 そう、この第8エリアの帝王たるヤマトに逆らってまで俺を助けてくれる存在は、俺の世界においてたった2人しかいないのだから。そしてきっと、おそらく、俺の予想に間違いはないだろう。今俺を助けた腕の持ち主が使った能力を、そのうちの1人が持っていることだし。
 そして俺の視界に映り込んだのは、やはり予想通りの存在だった。
 見ているほうが痛々しくなるほど脱色された茶色の髪に、眩しくもないのに掛けっ放しのサングラス。けれどもよく見れば、その下にはヤマトに負けず劣らずの男前な顔立ちが隠されているのを俺は知っていた。ついでにヤマトと同じくらい背が高い。つまり俺より背が高い。どうでもいいが俺は基本的に俺より背の高い奴は嫌いだ。
 
「まったく、なかなか来ないと思って迎えに来てみたらこんなところであの『クソ野郎』に捕まってたのかよ」

 そしてそいつは、これまたよく通る低い男前な声でそう溜息とともに零した。
 だが一つ訂正させてもらおう。断じて、俺は捕まりたくて捕まっていたわけではない。
 けれども、そんなことを言い争うより俺は現状打破できる存在の登場に喜んだ。

「未来(みらい)! でかした!」

 今ならハグしてチューしてやれるほどのテンションだ。それはもう大サービスで。
 俺を抱えたままのそいつこと未来は、「は?」といまいち話が理解できていないようで素っ頓狂な声を上げたが、今はそんなことどうでもいい。よし、このままなら逃げきれる。

「このクソがっ!」

 けれども、俺の安堵と歓喜を打ち消すようにヤマトの酷く苛立った声が俺の耳に飛び込んでくる。俺は反射的にヒィッと悲鳴を零して背後の未来にしがみ付いた。
 それにすらヤマトは眉を顰めて、頭上、遥か上にいる俺たちを睨みあげてくる。

「ッチ」

 そして小さく舌打ちすると、ヤマトは素早く数歩バックステップしてから勢いよく俺には越えられないと諦めていた壁に向かって駆け出す。そのままの勢いで壁に足を着くと、そこで上に向かって跳ね上がった。そして尋常でない筋力で壁を数歩で駆け上がり、壁の頂上に手をかけてひょいと身軽にその身体を持ち上げる。つまり、頂上にご到着。
 いや、…最悪だ、マジで壁登りやがった。


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あきゅろす。
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