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Lv.2-136
 俺はまた短い足を、狭い歩幅で前に進めた。
 再び、その笑い声が世界に響いた。光はますます強く、俺はかわりに足元にまで伸び始めたその色濃い影に視線を落として前に進む。
 光は温かく、苦ではなかった。それ以上にその声をもっと近くで聞いてみたくて、俺はまた足を進める。

「―――綺麗な声だろう」

 不意に、その影の主とは真逆、俺の背後から声が聞こえた。今度のそれは、俺もすでに聞いたことのある声だ。
 俺は一度、その方向を振り返る。
 そうすれば、やはり予想通り、別れたはずのあの人がそこに佇んでいた。まばゆい光のなかにとけるように金糸を揺らし、青い二つの双眸を細めて、まるで懐かしむように俺ではなくその先の影の主を見ている。
 俺はもう一度、その人から影の主に視線をやる。
 そうすれば、その影は、ゆっくりと輪郭を光で満たして黒以外の色を持ち始めた。
 まずは、影が伸びる足元から―――細い足首、布地に隠れていない肌は白い。けれどもそれは不健康からくるものではなく、おそらく人種的なものだろう。そういう肌色の人間は、すでに背後に佇んでいた。
 そしてその身を包む衣服は淡い色を基調にした長い袖をもち、独特の形をしている。まるで一枚布で身を包んでいるような、そんな心許ない格好だ。少なくとも、第8で一度も見たことのないものだった。しかし、その布の端まで金の刺繍が施されたそれは、かなりの上物であることは一目瞭然だ。
 色はゆっくりと足元から這い上がり、まるで記憶をたどるようにその細部を映し出していく。
 ―――それが誰の記憶かなんて、もう俺にもわかっていた。
 背後には、まだあの人の気配がある。
 そして色は細い首筋を這い上がり、白い肌とともに、まさしく世界を満たす光に勝るとも劣らない美しい黄金を刻み出した。
 柔らかく跳ねるように膨らんだ金髪と、それがかかる幼さの抜けない柔らかな輪郭の頬、そして、深い青の瞳。
 容姿は決して整っているとは言えないだろう。
 ただその彩色は、おそらく俺の知る限りで一二を争う美しさだ。特にその瞳の青さは、背後のその人よりも深いがしかしどこか柔らかく全てを受け入れているような色だった。
 素直に、俺はその色が好きだと思う。

「僕も、あの青が好きだよ。本当に、本当に好きなんだ。いまでも一番好きで、だからあの青に見つめられると恥ずかしくて顔を上げていられなかった」

 瞬きも忘れてそれに魅入っていれば、背後から、また声が聞こえる。
 それは、噛みしめるような声だ。懐かしみ愛おしむ声だ。俺はそれを聞きながら、ふと、いまも微笑をその口元に湛えて青の双眸を細めるその人に、どこか既視感を覚える。
 色の美しさは、もしかしたら背後のその人よりも鮮やかかもしれない。だからこそその平凡な容貌も目立たないが、その顔は、どこか見慣れたものだった。

「いつでも笑ってくれたんだ。口下手な僕に、それでもたくさんの話を聞かせてくれたんだよ」

 声は近くなる。俺は、不意に身体が元の大きさに戻っていることに気づいた。急激な肉体の変化は、しかし何の違和感も俺にもたらさない。

「ひとりでいれば迎えに来てくれた。そんな能力はないはずなのに、いつだって一番に声をかけてくれたんだ」

 滑らかに紡がれる声を、俺はただ聞いていた。おそらくそれが、あの人の独白で懺悔だったからだ。

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