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Lv.2-134
 ―――瞼を下ろしてから、その皮膚の裏に色々な人の顔を見た。
 俺の、短いが必死に生きてきた人生の中で出会ってきた人たちの顔だ。
 そこには黄金色の光の中で優しく微笑みかけてくれる未来やミツハさん、何故そこに混ざってくるのだと思わず文句を言いたくなるのがヤマトや駿河、それからその他のよく見る『監視者』たちの顔もある。馴染みの仕事相手もいれば、ブラックマーケットの商人、一度出会ったきり地面の染みになった暴漢の顔も横切っていく。道ですれ違った程度の名も知らない人間の顔や、二度と会いたくもない男の顔、様々な顔が映し出されては消え、そして最後はやはり見慣れた顔ばかりが残った。
 俺はそれがなんだか面白い。嫌な顔もあったが、それでも俺の心は軽かった。それは忘れていた何かを思い出した時のような爽快感に近い。
 そして、それらの映像は俺の記憶を遡るように再び巻き戻っていく。最近のそれから幼い頃のそれへと移り変わり、俺は水の中を揺蕩うようにそれらを懐かしむ気持ちで見つめていた。
 そして俺は、瞼を押しあげる。いや、もしかしたらもともと目は開いていたのかもしれない。けれどもどちらでもいいのだ。俺の視界は黄金の光を伴ってまばゆく、しかし、それが不快ではないのだから。
 あたたかな光の中で、俺は記憶の海を泳ぐ。
 両手両足を伸ばせば、いまだに小さな手足がそれを後押ししていた。視覚―――脳内を駆け巡る映像は様々な情景を伴い、俺の心を懐古で満たしていく。
 とはいえ、俺の古い記憶はほぼミツハさんと未来で占められている。あたたかで安全な揺籃のなか、俺はその二人の守護を得て生きてきたのだ。
 手を伸ばせば、懐かしい―――といっても、ミツハさんは出会った時から全く外見が変わっていないのだけれども―――綺麗な顔が俺に笑いかけてくれる。小さな俺の手を優しく包み、指を絡めて繋いでくれた。
 未来はミツハさんとは違って、とてもゆっくりと成長していたから、少しだけ今よりも幼い容姿で俺に笑ってくれる。そこにある僅かにぎこちない笑みは、本当に最初の頃のものだ。それも懐かしい表情で、サングラスのない、素の赤紫の瞳は俺に対して戸惑いと不安を滲ませて左右に揺れ、俺に触れる手もどこか躊躇があった。それは当時の幼い俺にも伝搬し、俺を少しだけ―――嘘だ、本当はかなり不安で、おかしいくらい緊張して泣いてばかりいたものだった。もちろん、今は滅多に泣いたりしないけれども。
 そもそもミツハさんはその頃から留守がちで、俺が物心ついた頃の遊び相手はほとんど未来だった。
 あの家で未来と長く過ごしたが、未来はそんな俺の相手が苦手だったようで、その上すぐに泣き出してしまう俺を抱きしめてあやす手はいつでも必死だったことを覚えている。俺は必死に俺の名を呼びながら身体を揺すり上下左右に動く未来の、その赤紫を涙で滲む視界の中で見ていた。
 未来はいつも緊張していて、けれども、俺が笑うと一番嬉しそうに口元を緩めてくれるのも未来だった。
 俺がねだればいつでも抱きかかえてくれたし、俺が名前を呼べばいつでもそばに来てくれた。膝を折り、視線を合わせて「彼方」と名前を呼んでくれた。俺はそれが嬉しくて、緊張もしたけれどもやっぱり未来にべったりだったのだ。
 そう、小さな頃、一番そばにいてくれたのは間違いなく未来だ。
 未来に名前を呼ばれるのが好きで、同じ響きを口にしたくて自分のことを名前で呼んでいたことも恥ずかしくも懐かしい思い出だった。けれども、俺がぎこちなくでも何かを話せば、未来は目を細めてちゃんと聞いてくれたから、俺はお喋りが大好きだったのだ。
 その頃には、あのぎこちない笑みは自然なそれに変わり、今では俺の一番好きな顔になっていた。
 幼い俺を抱き上げる腕の力加減も覚えて、俺はその腕の中が一番安心したし、それは今も変わりない。

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