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Lv.2-129
 あぁ、と俺は音の出ない唇を震わせる。
 見開いた両目から表面張力を超えて涙がまたぼろりと零れて水面に落ちた。それすら俺には遠い。ただ、これまで同様に突然現れたその黄金に俺は魅入られた。だって、やっぱりその金色はとても綺麗で、青の中でとても輝いて見える。何度見ても思わず呼吸が止まるほどのその色彩の鮮やかさに、俺はぽかんと口を開いたまま固まった。おそらくその顔は、自分で言うのもなんだが余りにも酷かっただろう。簡単に言えば、馬鹿で無知な子供そのものだった。
 しかし、俺が見上げたその金色―――美しいその人は、それを笑うことなく佇んでいた。
 水面が円を作るように揺れる。空の青がより一層色を濃くしたように俺には思えた。それは、その黄金を視界に入れているせいかもしれない。しかしそれはささいなことだ。どうでもいいと言ってもいい。ただ、またその人に、自分以外の誰かに会えたことに安堵していた。
 俺は忘れていた呼吸を、ゆっくりと再開させる。停滞していた酸素供給が再び始まったことに心臓が妙に高く脈打ち、頭蓋の奥で激しい血流音がうるさく響いた。汗腺が開き、どっと肌を粟立たせて汗ばむ身体が熱い。俺は浸かっている水が湯になったようにすら感じた。
 しかし、それは不快ではない。決して不快ではないのだ。
 俺は一度、ゆっくりと瞬きした。
 そうすればその金色の綺麗な人は、おもむろに身を屈め、膝を俺と同じように水につけた。水面が揺れる。俺の身体に、そしてその人自身に当たって波紋は方向性を変え、それらが交われば力を増してその波高は高くなった。
 しかし俺は、それよりも近くなったその美貌にまた目を奪われる。
 その金色の人は、穏やかな表情を浮かべていた。前回の涙を流して俺に何かを訴えていたそれとは違う、とても落ち着いたものだ。
 そして、その人はあの時同様に俺に手を伸ばす。
 俺はそれを避けることなく受け入れた。否、身体が動かなかったのだ。けれども、俺は多分、動いたとしてもその手を振り払うことなどしなかっただろう。なぜならば、俺はその手が己を害するとは微塵も感じていなかった。そして事実、その細く形のいい指、その少し冷たい掌は俺の涙に濡れた頬を優しく撫でる。
 その細く弧を描いた双眸、その瞳に滲む色は慈愛そのもので、それは未来やミツハさんが浮かべるものと同じ色だと、俺は本能的に察していた。
 俺はすでに涙の止まった両目でその整った容貌を視界に映す。高い鼻梁に形のいい唇、美しい色をした瞳は青く、空のそれよりも澄んでいた。白磁の肌は頬に触れる体温の低いその指の感触と相まってより一層作り物めいていたが、美しいことには変わりない。
 俺は再び現れたその人を、今度はただじっと観察するように見やる。
 そうすれば、その人はゆっくりとその形のいい唇を開いた。

「……また泣いていたの?」

 その声は、あの時と変わらず凛として美しい旋律を世界に刻む。
 頬を撫でていた指がそっと俺の眦へと伸び、その指の腹で涙液を拭うように優しく滑った。
 俺はそれに反射的に目を細める。その反応に、指は慌てて俺の頬から離れていった。俺はすぐに目を瞠り、不快なわけではないことを視線で伝えるが、その人は困ったように眦を下げ、そして俺に伸ばした手を下垂させる。
 どうすればいいのかわからないと言葉はなくとも顔に書いたその人に、俺は慌てて首を横に振った。何故かわからないが、誤解されたくなかったのだ。


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あきゅろす。
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