Lv.0-36
「ずるい!」
俺は大きな声でそう当たり前のように非難すると、ヤマトは「あはー」と笑う。その笑い方すらムカついてしかたない。
「だって本気だって言っただろー。ずるいんじゃなくて『策士だ』って言って。『ヤマト賢い』って言って、ね?」
ね、じゃない。しかも「ね」の部分で軽く小首を傾げられて俺の背筋には変な震えが来る。
「誰が言うか!」
俺が間髪入れずにそう叫べば、「えー」とヤマトは不満げな顔で返した。
しかし直ぐに笑顔に戻ると「俺は使えるものは何でも使う主義なのー」と軽く言い放つ。
「特に彼方に関してはね」
そしてそう付け加えたヤマトの表情、その細められた双眸が餓えた獣のような色を放っていて、俺は今までのふざけた空気から一変したヤマトの雰囲気に身体を震わせた。
それはゾクリとした本能的な恐怖だ。
まずい、ヤマトは確かに『本気』らしい。
足元から背筋を走り抜ける自分自身への警鐘がそれを表している。
つまりは、お遊びの時間はお終いということか。
俺はクソッと内心吐き捨て、顎を引きヤマトを睨みつける。
それで引いてくれるならどれだけ扱い易いことだろう。
しかし現実のヤマトは腹立たしく面倒くさい。
そう、実際にはより口元を引き上げて無音の笑みを浮かべると、僅かに残っている俺との距離をどんどんと詰めてきた。
ピンクの服が、今は死神の衣装のように見えた。
いや、本当に死神だ。ピンクでも中身は死神。相場は黒って決まってるんだけどな、奴はそんなのお構いなしだ。
俺は後退さろうとするが、背中はすでに壁に寄り掛かっていて、もう本当に後がないことを悟る。
結局、動くことも適わずにただ壁を背に近づいてくるヤマトを凝視するしかできない。
残り15メートル、ゆっくりとした歩調が、今はとても恐ろしい。息苦しいほどの緊張感が俺を襲った。ドキンドキンとやたら大きく鳴る心臓の鼓動と、ヤマトの靴音が今の俺の身体の芯を凍らせて動けなくさせていた。
俺との距離は残り10メートル、9、8、7、6、5、4、3。
そして。
「俺の勝ちだ」
低く、しかし確かな大きさで鼓膜を打ったその声は、どこか情欲に濡れて掠れていた。
そしてうっとりとした口調でヤマトは「彼方」と俺の名を呼んで、その長い腕を俺へと伸ばして来る。
―――あぁもう駄目だ。
そう俺は反射的にきつく両目を閉じた。ぐっと閉じられた視界は、俺から現実を遠退けてくれる気がしたからだ。つまり現実逃避。このまま気絶したい気分だ。
けれども、いまだ無駄に展開している俺の能力が、目前に迫るヤマトの指先すら鮮明に脳裏に映し出す。
そして、伸ばされた腕、その先の長い指先、それが頬に触れる―――そう、思われた瞬間に。
俺の身体は、何か別の力によって、おそらくは上方へと持ち上げられていた。
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