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Lv.2-114
「……何も変わったことはないか」
 俺の静かな問いに、千里はその姿勢のまま発声する。
「一度、『特殊監視者』の佐々が入室を希望しましたので、駿河様に確認をとり許可を頂きました。それ以外は誰の入室もありません」
 俺はその言葉に、脳内で佐々という『特殊監視者』の顔を思い浮かべ、なるほど、と思う。
 駿河が抱える『特殊監視者』は、トップの駿河が持つ『先読み』もそうだが、特異な能力を持つ者が多く、俺が把握している限りでは佐々もその一人だった。駿河が許可を出したのであれば、それはつまり俺に、ひいては彼方に必要なことなのだろう。そう俺は結論付け、一つ頷いた。
「そうか、ご苦労。……今夜はここで過ごす。何かあれば駿河に指示を仰げ」
 俺は頭を下げたままの千里にそう言い放つと、今度こそその分厚い扉に手をかけた。
「かしこまりました」
 千里のその言葉を背に受けながら、俺はその扉の中へと足を踏み入れる。
 特殊なその扉は、ある一定の条件の元でのみ外から開くのだ。もちろん、俺は何の苦もなく開けることができる。中からも開けることも可能だが、彼方では扉から顔を出したところで千里に再び押し込まれるのは目に見えているので何ら問題はない。俺に会いたいと言った場合は絶対に連れて来いとは言ってあるが、今の今まで連絡がなかったことから俺の淡い希望はあえなく潰えたことは明白だった。もちろん、そんなところも可愛らしいし好きだからいいのだけれども。
 そして俺の宝物をしまい込んだ室内は、数時間前に退室した時と変わらぬ暗闇に包まれていた。
 清浄な空気とともに適温に保たれた空間、そこに設置された彼方には大きすぎるベッドからは、小さな寝息が立っている。俺の優れた聴力を持つ鼓膜は、その安定した呼吸音をしっかりと拾い上げた。甘く柔らかく響いて頭蓋を震わせるその音は、俺の求めるしあわせの形である。
 しかし同時に、それとは別の音もまた、俺の鼓膜へ雑音として届いているのだ。
 俺の両目はすでにその少ない光量の室内に順応している。
 意識せずとも肉体が環境に適応し、自動的に視力や聴力を強化するのは高い『能力』を持つ存在ならばごく当たり前のことであり、そして俺の視線の先、小さな山を作るベッドのそばにいるその存在もまた、同じだった。
 そして俺はすでに閉ざされている分厚い扉を背にしながらふっと口元に笑みを作る。
「……変わったことはない、か」
 俺はそう小さく零しながら、両腕を組んで背後の扉に体重をかけるように寄りかかった。背に感じる強固な扉は、しかし何の意味もない張りぼてであることを俺は思い知っていた。
「うちの警備は−−−いや、駿河の『隔絶』と『制限』はいったいどうなってるんだろうな? なぁ……ミツハ」
 そして俺は、扉を介して察した違和感、何より現実に視界に映り込んでいるその存在―――ミツハにそう投げかけた。


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