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Lv.2-112

「マスター、発言をお許しください」

 そして俺は烏滸がましいと思いつつも、頭を垂れたままそう発言する。しかし、ヤマトは「却下だ」と即座に俺の言葉を断じた。
 それに、俺はびくりと肩を大きく震わせる。同時に、全身から冷や汗が浮かんで流れた。
 どくん、どくんと心臓が不穏に脈打ち、ヤマトの強い否定の言葉が頭蓋を反響する。
 俺は、俺という存在の芯が揺らぐのを感じていた。ヤマトに必要とされなければ、俺は存在する意味がないのだ。冷感からではない震えは、しかしこれ以上の失態を、無様な『門番』の姿を主に晒すまいとする俺の最後の力でどうにか抑え込む。
 俺のその心を知ってかしらずか―――否、ヤマトが気づかぬはずがない。ヤマトは俺の主であり対なのだから―――「この話はまた明日だ」と俺へ投げた。
 
「俺はこれから彼方のところに行く。この時のためにあんな無駄な時間も我慢したんだ。もう一秒も無駄にしたくない」

 邪魔するな、とヤマトは俺に言いつけると、その言葉の意味を読み取ろうと必死に回転する脳を詰め込んだ頭を垂れたままの俺の横を通り過ぎる。

「―――謝るだけなら駄犬でもできる。お前は俺の『門番』だろうが。これ以上は言わせるな」

 そしてそう低く放ったヤマトは、そのまま扉から出て行った。
 俺は、その言葉をただただ唇を噛み締めたまま聞くことしかできない自身を恥じる。腹の底から自身への嫌悪と羞恥、そしてそれでもヤマトが『明日』という希望を与えてくれたことへの感謝―――様々な感情が垂れたままの脳へと溜まって渦巻いていた。
 しかし、すでに主を失った室内は、冷えた空気と緊張感の残滓のみが俺を包む。
 俺はゆっくりと頭を上げた。さらと耳元で俺に宿る特別な『力』を示す銀糸が音を立てる。それに俺はそっと目を細め、深く息を吸い込んで目を閉じた。
 その色は、俺にとって誇りである。
 俺がヤマトのそばに立つことが許される理由、『隔絶』の保有者たる証―――それこそ、俺の持つ最大の力だ。
 俺は再び瞼を押し上げた。ヤマトの言葉は俺の緩んだ心を引き締め、次にすべきことへと意識を向けさせる。そうだ、まだ終わってなどいないのだ。
 俺は気合いを入れるように一度頭を振り「よし」と声をあげると、主のいない室内から、その主に倣って外界に続く扉をくぐる。しかし、その足が向かうのはヤマトの宝物が眠る強固な揺り籠ではない。
 広く複雑な施設内、完全な俺専用の部隊とも言える『特殊監視者(ブラックカラーズ)』が常駐する、俺の本来の執務室とも言える場所だ。
 そして俺は長い廊下を歩きながら自身の銀糸を掻き分けるように片手で顳を押さえる。別に頭が痛いわけではない。事実、視線はぶれることなくしっかりと前方を見据え、かつかつと床に刻む靴音も乱れることはなく廊下に響き渡っていた。
 俺は、とある『能力』を発動させていたのだ。
 それは、他者に意思を伝える能力―――『伝達(メッセージ)』だ。
 電子機器を使えるだけの電力も十分にある東地区では、意思の伝達手段に電話もある。しかし、情報の漏洩を考慮すれば特殊な『能力』を持たない限り受信と送信の間の能力展開空間に介入できない『伝達』を用いるのが一般的だ。
 とはいえ、俺の場合、希少な『先読み(バイスタンダー)』が先天的に備わっていたせいで他の能力を身につける『余地(キャパシティ)』がほぼなく、この能力を手に入れることに四苦八苦したものだ。
 それでもどうにか手に入れたこの『伝達』の精錬度たるレベルは、そんな無理もあって正直に言えばとても低い。カナちゃんほどではないが、平凡的なレベルでしかなく、『門番』としてあってはならない落第点である。しかし、これは俺が意思を繋ぎ送る側の相手が軒並み最高レベルの能力保持者たちなので、どうにか成り立っている。完全に情報をかすめ取ろうとする敵対者たちへの対策は相手任せだが、「駿河様はそれでいいんです。使えないよりマシです」というのが俺の『伝達』の相手―――部下たる『特殊監視者』の面々の言だ。舐められているような気もしないでもないが、根本に敬意があることを俺は知っているので気にしない。何より、畏まりすぎた組織は俺には肩が凝るし、全員そういえるだけの優秀な能力者たちだ。
 そして俺は他者の意識が繋がるピンともポンともなんとも言えない間の抜けた音を頭蓋の内側で聞いてから、声に出さずにある言葉を脳内で思い浮かべた。そうすれば、声とは違う複数の音が、しかし一様に同じ意味の言葉を俺の脳内に響かせる。
 俺はそれに一つ頷き、『伝達』を解除する。途端、件の音が頭蓋に響き、何度聞いても慣れないんだよなぁと肩を落としつつも、すぐに意識は今後についてのそれに切り替わる。

「まぁ、俺は俺のほうでヤマトとカナちゃんの幸せ未来計画に努めるとしますか」

 俺の望むもの、それはヤマトの幸せだ。それに不可欠な九条彼方の保護は最優先事項であり、害なすものの排除も同様だ。何より、これ以上、ヤマト―――そして第8地域への侮辱は、許しがたい行為だった。それが、同じ『隔絶』を有する『門番』であるならばなおさらだ。
 俺は視界に映り込み始めた自身の城とも言えるその部屋の扉に向かい、わずかに歩調を速めたのだった。


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あきゅろす。
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