Lv.0-33
俺は元の道に戻ることは諦めて、なんとか目前の壁を越えられないか確かめてみる。
しかし、目前に横たわるそれは、あまりにも高い。
いくら俺が生粋の北生まれで北育ちでも、10メートル以上ある壁をひとっ飛びできる脚力はない。できるとしたら、そういう能力を持つ人間だけだ。あ、いや、もしかしたら能力なしで行ける化け物染みた奴はいるかもしれないが、それは少数に違いない。きっとな。
とにかく、その少数派にまず入ることのない俺には、どうすることもできないのが現実だ。
そう、飛び越えることも、ましてよじ登ることも、できない。どう頑張って探してみても、そこを回避して脇にそれる道も確保できない。
爆発しそうな心臓の音と、どうする、どうすればいい、と自問自答する俺自身の声が俺の頭の中で反響する。
でも答えなんか、とうに出ている。
―――どうしようもない。
ドクンドクンという心音を聞きながら、ただ、俺は近づいてくる熱源だけを追った。
背後、約100メートル先に熱源、脳の奥のほうでそれを感知する。ヤマトだ。
更に接近、90メートル、80メートル、うまく俺の方に続く角を曲った。反対に曲がれよ、と俺は反射的に愚痴る。
残り70メートル、相変わらず「かーなーたー」という声が狭い路地に反響する。
残り60メートル、また曲がる。それも正解だ。あいつ犬かなんかなのか。どうして俺のほうに真っ直ぐくるんだ。
能力は使わないと約束したのに、これじゃあそれも意味を成さないじゃないか、と俺は舌打ちする。どんな裏技を使っているんだろうか。
俺は、そんなどうにもならない文句ばかりを脳内に浮かべた。
もうその場から動くことを拒否した足は、張りつめていた緊張とどうにでもなれという俺の意識に引き摺られて、休息を求めるようにがくんと崩れる。
そしてそのまま俺は薄汚い路地に尻もちをついた。
もう後ろに逃げられないなら、この場所で、ヤマトが来ないことを祈るばかりだ。ああ、なんという分の悪さ。時計に目を落とすのも面倒くさい。というか、現実逃避だ。最悪な。
それでもどんどん近付いてくるヤマトの気配。
残り50メートルだ。また曲がり角を曲がる。それも正解。本当に誰かどうにかしてくれ。
残り40メートル、30メートル。自動でヤマトとの距離を測るのは俺自身の能力だ。
ピンポイントに絞った分、正確な位置過ぎてより一層俺を絶望へと引きずり落とす。
それは、まるで自分の死刑執行時間までのカウントダウンだ、と俺は暢気に思う。
だって、もう逃げられないし。そうわかれば、なんだか一気にこれまでの疲れが出てきて、俺は腕を持ち上げるのも億劫だ。
足が鉛のように重い。くそ、これからは準備運動の時間を設けさせよう。
座り込んだものの、いまだ解いていない能力は淡々と俺にヤマトの位置情報を伝える。
残り20メートル。最後の曲がり角を曲がった。
ここで間違えればよくやったと褒めてやるのだが、そう、それすら正解してくれやがった。
路地の直線上、俺の視界に映り込んだ10数分振りのヤマトの姿は、やはり嫌になるくらい嬉々としていた。
周りだけが浮いて見える。
いや、むしろピンクが疲れた眼に痛い。
両手をそのピンクのパーカーに突っ込んだヤマトが、首を回してその視界に俺の姿を認めると、嬉々としていた表情にますます深い笑みを追加する。
獲物を追いかける楽しさと、それを見つけたことへの歓喜か。
くそ、俺は反対に凄く嫌な顔になったがな。
「彼方みっけー」
弾んだ声とはまさにこのことを言うんだろう。
聞きたくないと思っていたその声が、壁の反響による拡声を必要とせずに俺の鼓膜を直接叩き、俺は唇を噛んだ。
見つかってしまった。
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