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Lv.0-32
 そしてその存在だけで俺の精神力をがりがりと削り、腹立たしさで発火できるだろう俺の怒りを増長させるヤマトが段々と迫ってきているのに気付いて、俺は次第に真顔になっていく。恐怖がそこにあった。全力で逃げているのに、どんどん縮まる距離に声にならない悲鳴が身体の中を反響する。
 俺の心臓はいつ爆発してもおかしくないくらいにバクバクしているし、脳味噌も溶けだしそうなくらい痛い。前に出ようと振る掌を一度鋭い痛みを発する米神に当ててなんとか痛みをごまかし、ついでに溢れる汗をぬぐい取った。じめっとするその感触が、風を切るせいで冷たくなっていく。
 息が上がる。いや、もう大分前から上がっていた。
 ハァーハァーと脇腹、脾臓に血が溜まって鋭い痛みが湧き上がってくる。息をするのも辛い。
 けれども、苦しくとも進まなければ、というただその一心で俺は足を踏み出していた。
 背後に近づくヤマトの気配を感じながら、何度目かの角を曲がったとき、俺は足を止めた。いや、立ち尽くした。
 脳内に記憶した地図と照らし合わせて駆け抜けてきた道に間違いはなかった。
 このまま進めば、より荒廃していながら、隠れ蓑となる打ち捨てられた廃ビル群が乱立している場所に出る、はずだった。

「んな、っは、うそ、だろ…」

 思わず、荒く呼吸を繰り返す唇から、すんなりとそんな言葉が零れおちた。
 限界を迎えていた膝ががくがくと震えて、気を抜くと地面に座り込んでしまいそうになる。それを必死に抑えて、俺は呆然と目の前の光景を網膜に焼き付けた。
 俺の記憶が確かならば、そこは薄汚れた灰色のコンクリートの壁に囲まれた路地のはずだった。両脇にそびえ立っているはずの壁には、なにやら卑猥な絵が殴り書きされていて、これまた汚い字で『東滅べ』とか色々な文字が書き込まれている、そんな場所のはずだった。はずだったのに。
 今、俺の目前には、それが、ない。
 いや、あるといえばあるのかもしれない。あるが、あってはならない場所にある。
 そう、俺の目の前には、その卑猥で汚い絵と文字が描かれた一枚岩のようなコンクリートの壁が、崩れごろんと横に倒れている。先に続くはずの路地を塞ぐようにして。
 そんな馬鹿な、嘘だろう、と俺は小さく零した。
 『仕事』で通った昨日まではなにも変わりなかったはずだった。いつも通りの風景だった。
 それが、よりによってそのあと崩れるなんて、なんという不運。いや、ここまで来たらヤマトの陰謀か。
 俺は呆然としながら、しかし、いつまでも立ち止まってはいられない、と考えを巡らす。ヤマトはこの間も大分近づいている。
 ここから最適な逃走経路を模索しようと脳内の地図を広げるその一瞬、俺の耳に、あの声が聞こえてきた。

「かーなーたーどこ行ったー?」

 笑い声とともに響くヤマトの声だ。もう、だいぶ近い。
 あまりの予想外の展開に、うっかり集中力を散漫にしてヤマトの存在を探り忘れていたらしい。クソッと舌打ちして俺は慌ててヤマトの存在を確認しようとする。
 しかし、同時今後の進路を考えようとしている俺の脳は、急激な情報処理にオーバーヒート気味だ。
 なんとか両方を同時に処理できるまで集中力を高めれば、時すでに遅しと言った状態で、ヤマトは俺の背後、長い直線の道を超え、あと曲がり角を4つほどうまく曲がってくれば辿り着くところまで来ていた。
 そのうえ、この場を引き返しても、残る道はすべて行き止まりという、最悪の状況下だった。どうすんの。


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