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Lv.0-31
 廃ビルの薄暗い屋内を瓦礫伝いに何棟か越えたところで、俺は集中力と体力の限界が来て薄汚く冷たい、所々鉄筋が剥き出しになったコンクリートの壁に手をかけて足を止めた。
 そのまま、冷たい壁に自身の熱を移すように背を凭れて上がった息を整える。
 ハァーハァーという俺自身の呼吸音がやたら耳について、もしかしたら実は凄い音なんじゃないかと思ってしまう。
 音に敏感になるって、かなり追いつめられてるな、俺…。
 クッと口元だけ自嘲の形をとって俺はチラと手首に嵌めた時計をチェックする。
 ヤマトのふざけた声を聞いてから、俺は大分走った。かなり走った。全力疾走した。もう足ががくがくしている。きっと一度座ったら立ち上がるのがしんどいに違いないから、俺は座り込みそうになる身体を押し留めた。
 これだけ走ったんだからと、期待を込めて視線を落とした時計は、しかし、残酷にもあれから2分程度しか経っていないことを俺に教えた。…走ったのは大分じゃなかったかもしれない。でも、俺としては大分走ったほうだ、と俺は俺を慰めた。体力がないから仕方がないと思ってはみたが、やっぱり虚しくなったけど。
 けれども、残りはあと4分だ。あと4分でこの命がけの鬼ごっこが終了する。そう思えば俺の心にもなんとか余裕ができた。
 勿論、それに慢心しないように、俺は奥歯を噛んで気を引き締めなおす。笑っている膝を何度か掌で擦って元気づけてから自身の頬を叩いた。景気付けだ。でも、ちょっと痛かった。
 とにかく、たかが4分、されど4分だ。4分もあれば、俺はあっという間に捕まってしまう。あの変態に。それは確信だ。あまりにも残酷な現実。そして、捕まった暁には、あの口に出すのもおぞましい仕打ちが待っているのだ。
 やつは、口に出したことは覆さない。良くも悪くも、絶対に。だから、捕まれば最後、フェ、フェ、フェ…まぁそういうのもやらされるだろうし、自分から突っ込まされるだろうし、口が裂けても言えないはずの言葉も、言わされるだろう。…うう、想像しただけで鳥肌が立ってきた。気持ち悪い。
 俺は米神から頬を伝い落ちる汗が、そのまま顎からぽたぽたと地面に染みを作って消えていく様を見てクソッと内心吐き捨てて、その汗を手の甲で拭った。
 世界は不平等だ、と今日何度目かの不満を思う。思いながら、俺はまた走り出した。
 近くに―――半径150メートル以内に、ヤマトの反応を感知したからだ。
 俺はサーチによって自動的にヤマトの存在のみを感知するようにしていた。他の熱源情報を排除して、ただ一つ、ヤマトの位置だけがわかるように設定を変えれば、それだけ正確な位置を叩き出せる。
 ただし、その情報だけピンポイントで追わなければならない。それにより集中力がより必要になるから、俺の脳への負担は増加する。正直、脳の奥の方が変な感じだ。気持ち悪いし。
 その上、自分の進む方向の地理は、能力に頼ることができない。背後の情報だけでいっぱいいっぱいだから、もう俺の運び屋としての記憶力だけが頼りだ。冷や冷やする。
 時計は先程見たときから、1分しか経ってくれていない。この時計壊れてるんじゃないだろうな、と思わず時間の流れの遅さを時計のせいにしてみる。してみるけれども現実は時計が正しいので、俺はなんだか馬鹿馬鹿しくなり、もう時間のことなど意識の外へ放り出して逃げることに専念する。
 コンクリートの残骸を飛び越えて、しかし静かに、気付かれぬよう慎重に、そして素早く。感知できているうちに逃げなければ、死ぬ。殺される。ヤリ殺される。それって最悪の結末じゃないか?

―――あぁもう、くそ、早く消えろ!

 俺は心の中でそう毒づく。声に出してそう叫べれば、それはもう気持ちもすっきりするのだが、しかし現状でそれをすればすぐに居場所がばれてしまう。ああ腹立たしいったらありゃしない。


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