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Lv.0-29

「おーい彼方ーどこに隠れたんだー?」

 そんな、聞きたくもない声が寂れたビル壁に反響して遠くから聞こえてきたからだ。
 早い、早すぎる。
 俺は素早く立ち上がって姿が見えぬように壁に隠れながら神経を集中させた。そのまま能力を展開する。
 そこで脳内を駆け巡る周囲の映像と、写したくもない男の容姿を瞼の裏で確認して俺は軽く舌打ちした。
ぎりぎりサーチ可能な範囲、150メートルの位置に、ヤマトはいた。
 能力の限界地点にまで常にセンサーを飛ばさなければならないことと、そもそもヤマトの存在自体に俺は苛立つ。感情の揺らぎで集中力が鈍って一瞬映像が脳内で途切れて、俺は頭を振って集中しなおす。
 ここで冷静にならなければ駄目だ、そうでなければ簡単に捕まってしまうだろう。
 俺は自分にそう言い聞かせて静かに部屋からすり抜ける。ここに留まるのは危険だ。

「かーなーたー?」

 叫びながら―――わざと自分の位置を教えるその行動にどんな裏があるのか、それともそれがいわゆるハンデなのかは俺には判断できなかったが、とにかく俺はヤマトから距離をとるべく走り出した。
 ドキドキと、ヤマトの存在を近くに感じて鼓動が速まる。それは背筋を震え上がらせる緊張と恐怖でもって俺の動きを硬くさせたが、それでも俺は必死に足を動かした。
 固いコンクリートの床を跳ねるように疾走して室内を移動すれば、自然とヤマトの声が耳に届かなくなった。そのせいで、かえって俺は不安になって鼓動を速くしてしまう。何度も何度も背後を振り返り、そこにヤマトがいないのを俺は無意識に確認した。
 それは、もしかしたらこんな俺の行動が―――ヤマトに必死に抗って逃げるというこの行動が、実は全て無駄で、鬼であるヤマトは既に俺の背後にいて、不敵に笑って腕を俺に向かって伸ばしているのではないかという恐ろしい想像に駆られたからだ。
 そしてそれは、十分現実になりえる想像だった。
 俺が気を抜けば、否、俺が気を抜かなくても、ヤマトが本気を出せば、そうなるのは火を見るより明らかだった。悔しいけれども、それだけの実力がヤマトには備わっていたし、そして同時に俺は俺の弱さを十二分にわかっているつもりだった。
 ヤマトが故意に手加減をしながらじわじわと俺を追いつめる『遊び』をするのは、その圧倒的な実力差故だ。腹立たしいほどの鬼野郎なんだ。
 けれども、俺はそれでも『ヤマト自身は能力を使わない』というヤマトの条件下で逃げることを選択したのだ。それならば俺とて全力を持って逃げなければ、俺のちっぽけな矜持も保たれない。負けられない理由がある、というのが一番なんだけどな。
 俺はぐっと奥歯を噛み締めながら再度神経を集中させた。
 チリチリと視界の端の方で断続的な閃光が俺の瞳孔を焼き、脳の奥の方が多量の血液を運んでガンガンと痛み出す。疾走による息切れとは違う、苦いものが込み上げてくる呼吸の乱れに俺は眉を顰めた。
 それでもなんとか能力を展開しようとするが、走りながら能力を展開するのは平常時のときよりも更に難しい。
 何か他の事と同時進行しながら能力を使うのは、集中力をより必要とするからだ。
 俺が能力を使うのが下手な理由は、そこにある。
 俺は、はっきりいえばなかなか集中できない人間なんだ。もう最悪なことに。
 けれどもやらねばならない。
 痛み出した米神を押さえながら俺は脳内のスクリーンに周囲の情報を映し出した。
 離れた分だけ、ヤマトの方も近づいてきているようで、またもやセンサーの感知ギリギリの場所にヤマトの姿が映し出される。
 そういえばやたら勘のいい奴だったなあいつは、と俺は内心呟く。
 それとも狙ってその距離をキープしているのか? そうだとしたら、俺、やばくないか? 居場所がばれてるってことじゃないのか? と、うっかり恐ろしい想像をしてしまって俺の集中力がブツンと途切れた。
 あ、やばい。


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あきゅろす。
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