Lv.2-47
俺は、声も出ない。呆気なく死んでいった男たちに視線を落として、その醜い死に顔からすぐに目を逸らした。殴られた腹や頬が痛みをぶり返した気がした。
そして俺は、血の匂いが充満する裏道で悪魔の片割れと対峙することになった。
カツン、カツン、と、きっと上等な靴なのだろう、それの立てる音が鼓膜を叩く。立ち上がれない俺の傍まで来て、それは止まった。「カーナちゃん」と、ふざけた呼び名が頭上から落ちてくる。俺は、ギッと駿河を睨みあげた。
百歩譲って助けてくれたことは感謝しよう。しかし、こいつに関わるともっと大変なことになるのは目に見えている俺は喜べなかった。嫌な予測しか立たない。
「カナちゃん、折角助けてあげたのに無視するのはどうかと思うぜ」
駿河の言うことは最もだ。けれども、俺が素直に感謝するとでも思ったのか。これが駿河でなければ俺だって礼の一つや二つは言う。それくらい常識はあるのだから。しかし、相手はあの忌々しいヤマトの側近である。借りを作ると後が恐ろしそうだ。
「…頼んでない」
苦しい言い訳ではあるが、俺はそう言い放つ。駿河はそれに「まぁそうだけど」と言って、徐に地面に落ちた俺の財布を拾った。それを視界に入れて、俺は焦る。あ、ちょっと待て、と口にする前に駿河はそれを手の中におさめてしまう。
「それ俺の…!」
俺は急いで立ち上がり、駿河からそれを取り返そうと手を伸ばした。しかし駿河はそれをひょいと避けて、財布の中身を覗き込む。
そして、次にあたかも可哀想だという哀れみの目で俺を見下ろした。カァッと頬に熱が集中するのを俺は自覚する。
「勝手に見んな!」
俺は痛む足で駿河にずいずいと近寄り、駿河から財布を取り返そうとした。それも駿河はするりとかわして「寂しい懐事情はよーくわかったよカナちゃん」とにっこり笑む。しかし、ただの悪魔の笑みにしか見えやしない。
それよりも、周りに死体が3つも転がっているのに何をしてるんだろうか。不意に我に返って俺は「とにかく」と言って駿河に手を差し出した。
中身が寂しかろうがなんだろうが俺の財布だ。財布を返せと出した掌は、しかしいらないものを乗せられた。いや、握られたというか。
「…っちょ、なんだこの手は!」
そしてそれが駿河の掌だと気付いて、俺はその手を払おうと手首を返した。
しかし、駿河の掌は俺のそれをしっかりと掴んで離さない。ぶんぶんと振ってみるものの、腕は振れども手は離れる気配を見せなかった。まずい。まずすぎる。
俺は焦って駿河を見上げた。駿河はニコリと笑みを浮かべると、「カナちゃん」と俺を呼ぶ。
「こんなところで立ち話もなんだしさ、折角だから俺たちのところにおいでよ」
そしてそう続けた。ちなみに、『俺たち』というのが誰との括りなのかという愚問はする気はない。こいつの主たるヤマトしかいないのだから。
俺は首を振った。同意などする気はさらさらない。やつのところに行くくらいなら例え血臭に満ちて吐き気をもよおそうともこの場にいたほうがましだった。
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