Lv.2-42
俺はしばらく呆けたようにその場に佇んだが、しかしそんなことをしている暇はないとようやく重い足を床から剥がした。約束の時間は刻々と迫っているのだ。
けれども常より遅い重い足取りで未来が用意してくれたという朝食を取るためにキッチンへと向かう。
テーブルに目を向ければ、確かにそこには未来手製の朝食が並んでいた。俺はそれをありがたく食すことにする。
昨晩の残りと共に新たに作られた温かいスープを啜りながら、一人の食事を摂る。
それはつい数ヶ月前までは当たり前のことだったのに、未来やミツハさんの存在に慣れてしまった今ではどうにも物悲しい。寂しい。
けれども、そんなことを面と向かって言うことは憚られたし、何より俺の自尊心がそれを許さなかった。なんだ、恥ずかしいじゃないか。
だから、俺は黙々とそれを平らげて後片付けをすると、仕事着に着替えた。と言っても、ジーンズにシャツというラフな格好だ。それでも今俺が持っている中では一番まともな生地を使っているし、このくらいがこの北地区では標準だった。
未来やミツハさんが服を買ってくれるのだけれども、それらは北地区では売っていないような上等品で、そんなものを着て出歩いた日には追い剥ぎに会うだろう。
昔は嬉しかったけれど、世の無情さを知った今では敬遠してしまう。いや、貰うのは本当に嬉しいんだ。未来やミツハさんが一緒にいる時はその方がまだましに見えるだろうし、二人さえ一緒にいれば追い剥ぎにも会わないだろうし。
けれども、仕事となれば話は別だ。
俺しかいない場では危険極まりない。どこぞの人でなしにも破かれたことがあったことだし、俺はもう2度と大切なものは一人で外に持ち出さないと心に決めているのだ。
とにかく、俺は身支度を済ませると誰もいなくなった寝座を出た。
ガチャンと背後で閉まる扉に鍵をかけて、その鍵をチェーンに通して胸元に垂らす。ひやりとした金属の冷たさにゾワリと鳥肌が立つが、早朝の空気の冷たさも同じくらい俺の肌を刺していて俺は両手で両の肩を擦った。そしてずるりと鼻を啜って前に歩き出した。
舗装されていない地面は歩きにくいことこの上なかったが、それも慣れた道だ。俺はひょいひょいと瓦礫を飛び越えながら、チラと昨晩、激しい抗争が起きた方向に目を向けた。
光の下に晒されたそこは、まさに何もなくなっていた。あったはずの建物は崩れて消えていたし、色々と転がっていた瓦礫も更に細かくなって見晴らしのいい場所に一晩にして変わっている。
隠れ場所がなくなったことは嘆かわしいが、害がなくてよかったと言う他ない。
俺はそこを迂回するように先へ進んだ。
ふと腕時計に視線を落とせば、それが示す時間に俺は安堵の表情を作る。このまま行けば依頼人のところには十分間に合うだろう。
さて、一仕事してくるかと、俺はより一層強く瓦礫を蹴り上げた。
そんなわけで、今日もまた、俺は生活費を稼ぐために『運び屋』の仕事に精を出した。
今日の依頼人は俺にとってお得意様というやつで、定期的に依頼してくれている。依頼内容は毎回同じ、質素だが暖かい色の小包を、近いとはいえない場所にいる知人に届けて欲しいというものだった。
依頼人自体は北地区で商人として生計を立てている、そこそこ裕福な―――北地区で、という意味だが、もしかしたら本当はもっと上で通用するレベルなのかもしれない―――腹の読めない爺さんで、俺は毎回子供扱いされている。引き受けねぇぞこの野郎、と思いながらもそんなことはできるはずもない懐具合に涙が出そうだ。
ちなみに、名前を教えてもらったのだが、無駄に長い名前だったので爺さんで済ませていたりする。
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