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Lv.2-41
 未来は俺の溜め息に小首を傾げたが、気を取り直して口を開いた。

「今日これから仕事だろ? 飯作っといたから食いな」

 俺はそれに何度か目を瞬かせ、それから「…未来は?」と小さく問う。よくよく見れば、未来はすでに外出―――というより『仕事』だな―――向きの服に着替え終わっていて、俺を待っていたといわんばかりのタイミングだったからだ。そして案の定、俺の問いに未来は「俺は食い終わった」と答える。

「今日未来も仕事?」

 俺は更に問いを重ねて、未来の頭の先から爪先までざっと視界に入れてみる。シンプルで動きやすそうな黒のパンツにハイネックの長袖姿の未来は、均整の取れた身体の輪郭を露にして憎たらしいほど男前だ。ちなみにその服の生地は、防寒は勿論のこと、『能力』による衝撃吸収も備わった高級品で俺のもののように擦り切れてもいなければ丈がおかしかったりもしない。そしてなにより売値の桁が違う。いや、だから俺は極貧なんだ。そもそも俺の場合、そんなものがあってもそれが必要になる場面に遭遇した時点で一巻の終わりだけどな。

「ん? …まぁそうだな」

 未来は少し歯切れ悪くそう返す。俺に嘘のつけない未来は、時折こういう反応をするのだ。俺は怪訝な表情で未来を見上げた。けれども、当の未来は僅かに視線を宙に彷徨わせたあと、すぐに俺へと戻す。そして俺が追求のために口を開く前に「心配すんなよ」と俺を制した。

「ちょっと気になることがあるからな」

 そしてそういうとくるりと踵を返してしまう。俺はそんな未来の背中に「おい!」と声をかけた。未来は首だけで俺を振り返る。俺は構わず続けた。

「…昨日のことと、関係あるのか」

 俺のその問いは、『質問』というより『確認』に近かった。俺の中で急速に昨日の出来事が脳裏に蘇る。暗闇の中を駆け抜け弾ける閃光と轟音、そしてそのあとの空恐ろしいほどの静けさと不穏な男たちの動き、全てがなにかの予兆に思えてならなかった。少なくとも、何かが動き出しているのだろう。俺の手の届かないところで。
 未来もその渦の中に飛び込もうとしているのだろうか。俺はなにより未来の身が心配でならなかった。未来を侮っているわけではないけれども、それでも危険なことには首を突っ込まないで欲しいと思う。何かがあってからでは遅いのだから。
 それなのに、未来は俺のそれらの言葉を牽制した。まるで俺が言う言葉をわかっていたように、それは放たれて俺の唇を閉ざす。
 そして首だけで振り返った未来が笑みを浮かべた。サングラスのないその素顔は晴れ晴れとしていて、不安も迷いも一切なかった。反対に俺は、グッと唇を噛んで未来を見つめることしかできない。俺から滲み出る不安は、その対象である未来に伝わったのだろうか、少なくとも未来は、少し困ったように眉を寄せて口を開く。

「んな顔すんなって、土産でも買って帰ってくるから」

 だから仕事頑張ってこいよ、と未来はその場に根を生やしたように動けないでいる俺を置いて出て行ってしまう。俺は、言いたい言葉も言えずに噛み締めた唇を解いた。柔いそれは、噛み締めていたせいで僅かに凹み、舌先でその窪みをなぞれば、微かに渋い苦味が口内に広がった。

「未来…」

 呼んだ名前に応える声はなく、俺はしばらくその場で立ちつくした。


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