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Lv.2-40
 とりあえずあの場所で起きたことを粗方教えてもらった俺は、未来が淹れてくれた食後のコーヒーを飲みながらこれからのこと、特に俺の仕事関係について思案する。
 俺は『運び屋』として今まで生計を立ててきたし、未来たちと共に住むようになってからもそれは変わっていない。ちなみに物を依頼主のかわりに運ぶだけの仕事だから賃金は微々たるものである。けれども、貰えるだけましだ。たまに嫌な客だと文句をつけられて踏み倒されることもあるのだから。そしてどうでもいいが、未来は高給取りである。ミツハさんは言うまでもない。他地域を駆け回る『使者(ヴェンダー)』は俺の何百倍、何千倍…いやよそう、明確な金額を言われたことはないが悲しくなるだけだ。
 とにかく、俺には明日も仕事がある。暇そうに見えてそれなりに働いてはいるのだ。働かざる者食うべからずだからな。
 しかしながらその仕事は北地区の端から端まで横断するような一番面倒くさい部類で、そして定期的に頼まれるものだった。繰り返し依頼してくれるのは、俺のことを信用してくれていると思えるから仕事への意欲も上がるのだが、内容が内容だけに俺は素直に喜べない。もしかしたら他の同業者が断っているだけなのかもしれない。
 まぁそれでもやるけどな、と俺は思ってマグに残っていたコーヒーを胃に流し込んだ。そしてふとマグの底から視線を上げれば、向かい側で未来が片手に雑誌を持ってそれに視線を落としているのが視界に入った。しかし、その視線は一点に留まっていて雑誌の文字を追っているようには見なかった。
 俺は心ここにあらずな未来に内心溜息を吐く。そして駿河たちの一件からこの調子だなと思って俺は肩を竦めた。確かに大変な話だけれども、話が大きすぎて俺には把握しきれないというか。だって例えば、個人が気をつけてどうにかできるレベルではないだろうし。
 とりあえず俺としては食事で使った皿でも洗うかと立ちあがった。料理を作るのは未来だが片づけは俺の仕事だ。というか、それ位しかできない。
 未来は俺が立ちあがってもやはりどこかに意識を飛ばしているようで顔を上げなかった。それに今度こそハァと溜息を吐いて、俺は使った皿を持ってシンクへと向かうのだった。
 結局その後も未来は上の空だったので、俺は仕方なくそれを放置して明日の仕事の準備を済ませると早々にベッドに潜ってしまった。とりあえず、俺は朝一で荷物を取りに行って、それから自分の足だけを頼りに北地区を駆け回らなければならないのだから。
 そして件の未来は、俺が自室に籠るまで険しい顔で何かを考えているようだった。少し不安になったが、俺は襲い来る睡魔に負けてしまったのだ。俺は、どうしようもなく自分に正直だった。



 そして翌日。
 突如、クリアになった聴覚をけたたましいアラームが襲った。俺は小さく唸りながら音の発生源を探してベッドサイドに手を伸ばす。指先に硬いものがあたると、それを見もせずに引きずり寄せ、その音を切るべくスイッチを押した。そうすれば、それまでの鼓膜を強かに打つ音は消失し、一気に静寂が室内を満たした。
 普段ならあと10分くらい、と思うところだけれども、今日の仕事は朝一だったな、と思って俺はむくりとベッドの上で上半身を起こした。ギシリとベッドが軋み、掛けていた毛布がずり落ちる。涼しい空気に晒されて、俺はぶるりと身体を震わせた。
 そして両手を天に突き出し背筋を伸ばすと、ふぁあ、と大きな欠伸が出た。やはり眠いものは眠い。
 俺はとりあえずベッドから抜け出すと、涎の後を手の甲で擦りながらのろのろとした足取りで洗面所を目指した。そして歩きながら、起床時に見た時計の時間を思い出す。
 約束の時間には若干の余裕があった。これなら顔を洗って朝食をとって、少し寛いでからでも間に合うな、と未だにはっきりしない頭で考えて、俺は辿りついた洗面所で目的のコックを捻った。そうして冷水で顔を洗っていれば、背後から「おはよう」と声をかけられた。俺はそれに濡れた顔を上げて背後を振り返る。
 ポタポタと滴る水に声の主―――未来だ―――が苦笑して「ほら」とタオルを差し出した。俺はそれに感謝を告げながら受け取り、水気を拭う。ああ、さっぱり。

「おはよ」
 
 俺はすっきりしたところで改めて未来に言うと、未来は寝癖だらけの俺の髪をポンポンと撫でてから笑む。そこには昨日の悶々とした表情はなく、いつもの無駄に格好いい未来だった。なんだか昨日不安になったのが無駄だったように思えて俺は小さく息を吐いた。はぁ。


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