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Lv.2-39
 俺が幸福感に浸りながらそれらを頬張っていると、未来が徐にフォークを口に運んでいた手を止めた。それに気付いて、俺は咀嚼中の野菜を嚥下する。狭い食道を下って胃に落ちるそれらを気に留めることなく、俺は「未来?」と名を呼んだ。
 そうすれば、未来はハッとしたように俺に視線をやり、それから「あ、ああ」と口篭りながら応える。俺がなんだと怪訝に思いながら見れば、未来はもう一度「ああ、あいつらな」と言ってから口を開いた。

「詳しいことはわかんねぇけど…駿河のやつが言うことには、なんでも最近起きてる『失踪事件』に絡んでるらしい」

 未来は言いながら肘をテーブルについた。そしてその整った眉を寄せて続ける。

「で、そいつらを突き止めたのはいいものの、追い詰める過程でここに行き着いたんだと」

 あの馬鹿野郎、と吐き捨てた未来の表情は憤怒そのものだ。
 確かに、どうしてこんなところまで追いかけてきたのだと問いたい気持ちはわかる。しかし、その侵入者の潜伏先はもしかしたらこの北地区だったのかもしれない。というか北地区はいくら『監視者』が常駐するとはいえ犯罪の坩堝だから、木を隠すなら森というようにここに流れ込んでいてもおかしくはない。それに駿河たちとしてもあんな爆発を起こすような能力者がいるなら、東はもちろん西地区での戦闘は避けたかっただろう。それでこの北地区に誘導したといわれれば納得できた。けれども、できるなら俺たちに害のないところでやって欲しかったというか。
 未来は未だにギリギリと奥歯を噛み締めて怖い顔になっている。時折物騒な言葉がその唇から零れていたが、俺はそれにそっと目を逸らした。自分が怒られているわけではないのにどうにも居た堪れない。

「そいつらは『誰か』を探していて、例の一件を起こしてるとか…ッチ、勿体ぶりやがって、どうせなら全部吐いてけってんだよ、あの野郎ぜってぇ殺す」

 フォークを宙で遊ばせながら、未来は口汚く罵りの言葉を紡ぐ。相当鬱憤が溜まっているようだ。未来と駿河も、相性は水と油だから仕方ない。

「しかもあいつら…」

 未来はそこまで言って、そしてしばし逡巡して口を閉じる。何かを思い出すように目を軽く伏せて、口元を片手で覆った。
 不意に、カチャン、と未来の持つフォークが皿と触れ合って音を立てた。それに未来はハッと顔を上げる。
 そうして我に返った未来は「とにかく」といいおいて、俺に視線を向けた。その視線は先程までの激情に塗れた怒りのそれではなく、柔らかい色を灯している。先程までの、緊張した雰囲気は消えていて、俺はホッと胸を撫で下ろした。

「しばらくは物騒なことが起きそうだからな、あんまり一人で行動すんなよ?」

 そして未来は俺を心配気な眼差しで見つめてくる。未来の心配性も健在だ。俺はそれに苦笑しながらも頷く。

「わかってるって、なんか、本当にやばい感じだし…」

 駿河が出張っている時点で結構な危険度なのだろう。もしかしたら、他地域間との抗争に発展するかもしれない。むしろ今までなかったのがおかしなくらいだ。
 特に対立が激しいのは不破の名を冠する者が治める地域と、そして不死眼の名を冠する者の治める地域だ。そこは一昔前まで、代表者と同じ血筋しか住まうことが許されなかったらしい。違う血の者が互いの領土に踏み入れることを禁じていたくらい対立が酷かったらしい。とはいえそれは俺の生まれる前の話だし、今ではそれなりに不穏な空気はあるものの、『地域』として表面上は落ち着いているようだ。ただ、不破と不死眼の対立は根強く残っていて、今でも内部では血の争いが起きているらしいから怖い。俺には関係ないとはいえ、能力が強すぎるところはそういうところで大変だな。
 ちなみにこの地域を治めるヤマトは不破の血筋だが、それに固執することがないから比較的内部の人間の血はバラバラらしい。俺としてはそのほうが面倒くさくなくていいけど。
 けれども、今地域間での抗争が勃発すれば俺など最初に死にそうだ。弱者を救ってくれる者などいない世界だからな。
 俺はちらと未来を見上げた。未来はいつの間にか俺の空いた皿を手にとって新たに料理を取り分けている。未来は本当に優しくてできた奴だ。


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