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Lv.2-37
 未来は食い下がる俺に苦笑し、ふっと一つ息を吐く。

「んな急かさなくても大丈夫だって、ちゃんと話すから」

 そしてぐしゃりと未来に比べれば低い位置にある俺の頭を撫でた。俺は納得いかない。けれども、未来が「俺はお前に早く飯食わせてやりたいんだって」というものだから、俺は次の言葉を紡げなくなってしまう。「な?」と、同意を求めるように―――いい子だから聞き分けろという副音声に、俺はグッと奥歯を噛みながら屈する。
 絶対何かあったはずなのに、なかなか言い出さない未来に思うところはあったけれど、俺は一旦引くことにした。そう、大変不本意で渋々だったけれど、俺は小さく頷く。

「…わかった」

 頑なだった俺がそう態度を軟化させたことに目前の未来はあからさまにホッとした表情で頷き返してくる。ああもう、わかりやすくてかえって腹立たしい。言ってくれればいいのに。

「でもな、絶対教えろよ!」

 隠し事はなしだと俺が念を押せば、未来は確りと首を上下させる。そして徐にサングラスを外した。そうすれば赤紫の双眸が喜色を灯して俺を見下ろしていた。こんなタイミングでそれは卑怯である。

「ああ」

 俺の頭を撫でる大きな掌に力が篭った。痛みはないが、俺の艶のない黒髪が渇いた音を立てて散る。こそばゆいというか子ども扱いするなというか。俺はクソッと内心吐き捨てて未来を睨みあげて、そしてハッとした。
 見上げた未来の双眸は、先程の喜色を消し去って、今はどこか遠くを見ていた。否、睨むようにどこかを見据えていた。ぎゅうと眉間に皺を寄せ、細められた赤紫は色の激しさに反して酷く冷ややかだ。俺は無意識に唾液を飲み込んだ。ごくりという嚥下音が俺の鼓膜を震わせて、肩が小さく上下する。
 未来は小さく呟いた。

「ちょっと、大事みたいだからな」

 大事ってなんだ、と思いながらも、今度こそ未来は俺の横をすり抜けてキッチンへ入って行ってしまう。 それを呼び止める選択肢を持たない俺はその場に取り残されて、不安だけが腹の底で燻ってどうしようもない。そして急に足元から冷気が這い上がってくる感覚に襲われて、俺はぶるりと身体を震わせると、未来に倣ってそそくさとリビングへ戻るために足を進めた。
 けれども、ふと思い立ってちらと背後を振り返る。そこに存在する若干錆びた玄関のドアは、きっちりと閉ざされて寒々しい空気に満ちた外界を遮断していた。ドアは何も語らずに沈黙している。俺は不意に、脳裏に蘇ったクソ忌々しい駿河の姿をそこに投影して、チッと舌打つ。本当、なにがどうなってるんだ。
 とりあえず、今は未来の飯を食って、話を聞くことが先決だ。俺は未来の手によって作り出される豪勢な料理を想像しながらリビングのソファに戻る。沈む身体を支えたソファは相変わらず軋んだが、俺は気にすることなく膝を上げてそれを抱えた。
 そうすればキッチンから何かを焼いている音と香りが届き始める。正直に大変美味しそうな匂いではあるが、しかし俺の胃の辺りは僅かに痛んでいた。腹の奥が重くて、ずきりと痛む。
 空腹すぎて胃酸が過多状態なのか、それとも腹の奥で渦巻く不安のせいなのか、どちらかといえば空腹のせいのような気もしないでもないけれど、とにかく腹の奥が重い。それでも匂いが鼻腔を突けば胃がぎゅると蠕動して唾液が口腔を満たした。少し酸味のあるそれを嚥下しながら、俺はハァと息を吐いてソファに寝転がる。
 本当、あいつらが少しでも関わるとどうしてこうも面倒くさいことに繋がるんだろうか。俺はそんなことを思って狭いソファで寝返りを打つ。頬に柔らかいクッションを敷いて、そしてキッチンから未来の呼び声がかかるまで、俺はその姿勢のまま悶々と底なしの不安と戦う羽目になったのだった。


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