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Lv.2-35
 そうだ、俺はここで誰かの襲撃を受けたことがない。ヤマトは俺を追いかけて近くまでくることはあっても、現在進行形で惨劇の現場になっているあそこからこの寝座まで来たことがあっただろうか…いや、俺の記憶が確かなら、それはない。
 そう、俺はこの場所で家族以外にあったことがない。家族以外の人間に興味がなかったから、全く気にも留めなかったが、確かに俺はこの寝座周辺で他者に会ったことがないのだ。
 最低の治安といわれるこの北地区において、それがどれだけの確率なのか、俺は今の今まで考えもしなった。それは奇跡に近いことだ。
 そして俺はこの世界に奇跡だなんてものがおこるとは信じていないから、それが人為的なものであることを確信する。
 何かが、俺たちを―――この寝座を守っているのだ。
 俺は口元を掌で覆う。
 毎回懲りずに追いかけてくるヤマトが、あの場所で舌打ちして引き返していったのはそのせいだったのか。これはもっと早く気付くべき情報だった。今度は絶対に途中で隠れずに全速力で逃げ帰ろう。
 そこまで考えて俺はハッとする。違う、そんなことを感心している場合ではない。
 何かがこの場所を守っているのであれば、それはとんでもない能力に他ならないだろう。あのヤマトでさえ引き返すほどの能力なのだから。俺にはそれがどんなものかはよく分からないけれども。
 そしてそれを操っているのは、家族である未来かミツハさんなのだろう。俺の家族は只者ではないようだ。知っていたけれど。
 俺は口元を覆っていた掌を離して、ゴクリと何時の間にか口腔内に溜まっていた唾液を飲み込む。
 窓の外では、未だに目に痛い閃光が続いていた。
 しかし、それらは次第に感覚を開け始め、そして次第に収束していく。俺が手に汗を握りながら窓にへばり付いて10分も経った頃だろうか、あの轟音が嘘のように止んで、元の静かすぎる世界が戻ってきた。
 俺は結局、家を飛び出して未来の安否を確かめに行く勇気もなく、ただ窓にくっついて成り行きを見守るしかできなかったのだ。
 俺は静かになった外界に、俺は胸を撫で下ろしながら窓から離れて玄関へと向かう。争いは終わったのだろう、それなら未来が帰ってくるはずだ。
 足早に廊下を進んで玄関のドアを開けた。
 そうすれば空気が頬を瞬時に冷やした。吐いた息は白く濁って外気に混じった。第8は本当に寒い。日中はまだましなんだけどな、と思いながら俺は靴をおざなりに履いて一歩外へと出た。
 街灯などエネルギーの無駄になるようなものをこの北地区に期待してはいけない。そんなものがあったら解体されて売られているに違いない。金になるものは何でも金にしないと生きていけないからな。
 それでも長年この場所で生活してきた俺は、それなりに夜目が利く方だ。
 目を細めて僅かな光源を頼りに辺りの状況を把握する。暗闇に包まれた世界はやはりどこまでも静かだった。俺のゴム底の薄いスニーカーがジャリと砂を踏む音がやけに大きく響く。
 先ほどまでは鼓膜に痛いほどの音が襲ってきていたのに、それがまるで嘘のようだ。
 それでも、きっと明日、朝日が昇ったとき、あの小さな窓に広がる見慣れた景色のなかに彼のビル群は存在しないのだろう。
 俺はハッと息を吐いてビル群のあっただろう方向を見据えた。
 僅かに、小さな光が動いたように見えたからだ。
 しかしそれは、あの爆破の光と言うには小規模で、どちらかと言えば照明に使うようなものに思えた。
 もしかしたら『監視者(カラーズ)』が到着して場を鎮圧したのかもしれない。
 肌寒い空気に剥き出しの頬を冷やしながら俺は一歩踏み出す。
 また足元で小石がゴム底に擦られて乾いた音を発した。構わず踏み込んで先に出れば、件の小さな光がまた視界を泳ぎ、そして今度は確実にその数を増やして灯る。
 俺がなんだと思って足を止めれば、その光は今度は一直線に並んだ。明らかに奇妙である。
 俺は躊躇しながらもそれを不自由な視界の中で凝視した。
 よく見れば、光の中の一つが、おかしな動きをしている。規則的に左右に揺れて、何かを主張しているようだ。
 ああ、なんだか気づきたくない類のような気がする。
 けれども、俺の、北地区を生き抜くのに発達した野生児染みた視力は、それがいったいなんの動きであるか、そしてそれを振るうのが誰であるかを理解してしまった。
 ああ、金の光が白銀を染めている。あれは、あの男は、俺の天敵の対だ。


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