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Lv.0-27
 俺はそんな馬鹿力の変態、もとい鬼男のヤマトが追いかけてくる前に薄汚れたスラム街の裏道へと身を滑り込ませた。
 そして俺は安物の腕時計にチラリと視線を落とす。ざっとヤマトが動き出すまで残り1分半、といったところだ。俺は顔を上げ、足に力を込めて駆けるスピードを上げた。
 早いところ遠くまでいかなければ危ない、俺の心身が。
 カチャカチャ鳴るベルトを再度グッと持ち上げながらコンクリートの破片があちらこちらに散らばった道を駆ける。
 時折座り込んだ浮浪者を飛び越え、鼻につく腐敗臭とそれに混じって眼に来る刺激臭にも負けずに俺は先を急いだ。
 目指すは人も住み着かない瓦礫の山、何時崩れ落ちてもおかしくない廃墟郡だ。
 スラムの住人も崩壊を恐れて近寄らない場所は、格好の隠れ場所だ。隠れん坊にはお似合いの場所だ。あ、いや鬼ごっこだったか。
 とにかく、俺は底の薄いスニーカーに過大な負荷をかけながら地を蹴った。
 瓦礫の小山を2つほど駆け上がり、目前に崩れ立つビルを視界に映したころには俺の息は切れ始めていた。体力がないんだ、仕方ない。
 もう一度時計に視線を移せば、ヤマト始動まで残り15秒というところまで迫っていて、俺は焦りながら目前のビルに飛び込んだ。
 なかに埋まっていたのだろう鉄筋が剥き出しになったコンクリートの壁たちに囲まれながら、俺は静かに、足音を忍ばせて先に進む。あまり派手に走ると本当に崩れてしまうんだ、この建物は。
 そして俺は、ヤマトを撒くためとはいえこの場所に足を踏み入れたことを早くも後悔していた。
 何故なら、電気など通っているはずも無い屋内は、薄暗い上に空気が悪かった。
 硝子などとうにない窓が空気を入れ替えているのかと思いきや、スラムの篭った悪臭をこれでもかと取り込んでいたのだ。俺は鼻が曲がりそうになりながらも、足を止めることなく先を急いだ。
 しかし薄暗すぎて足元を何度か取られてしまう。靴底から伝わる地の感触は、基本的にコンクリートの冷たく硬いもので、たまにぐにゃりと柔らかく、踏みつけた後は酷い腐敗臭がするときもあった。想像したくはないが何かの死骸だったのだろう。悪臭の原因は室内にもあったようで、俺は眉を顰めた。
 今更それくらいで驚きはしないが、それでも湧き上がった嫌悪感に口腔に溜まった唾液を吐き捨てる。
 俺はそうして崩れかけた壁や支柱に触れないようにしながら素早く無駄に広いフロアーを通り抜けた。
 もうヤマトはスタートしているはずだった。
 そう考えれば、否が応にも俺の心臓は緊張と恐ろしさに震えて動きを速めた。
 何度も何度も大丈夫だと自分に言い聞かせて俺は廃墟の一室に滑り込む。なにかあれば直ぐに脱出できるような部屋を探すのも一苦労だったが、それ以上に歪んだ扉を開け閉めしながら進むのもまた大変なことだった。
 俺は肩で息をしながら部屋の片隅に座り込んだ。
 強い地震がきたらきっと全壊間違いなしのビルが、今は俺にとっては最後の要塞だ。そう簡単に崩れてくれるなよ、と一心に祈りながら息を殺す。
 息を殺せば、必然と室内は静寂に包まれた。
 ただ、俺自身の心音と呼吸音が部屋を支配する。
 俺はグッと瞼を閉じた。
 そして精神を集中させ、耳を澄まし、俺は『能力』―――熱源探知(サーチ)を解放する。
 グッと閉じる瞼に力を込めてキツク瞑れば、段々と瞼の裏、真っ暗な視界のなかに、ポツ、ポツ、と赤い光が灯り始める。
 それは四方八方に散らばり、暗闇の中を僅かに移動していた。
 俺はより集中力を高めようと掌をグッと握りしめ、奥歯を噛み締める。そうすれば、暗闇の中、赤い光が人の形を取り出す。
 脳内でその人の形と鬼男の形を照合して、それが含まれないとわかると俺は肩の力を抜いて力を緩めた。


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