Lv.2-20
ミツハさんはそんな俺の後頭部を優しくぽんぽんと叩き、首を縮めて俺と視線を合わせてきた。先程までの面白半分のふざけた色は消え失せて、今は真摯なまでにその痺れるような漆黒の瞳で俺を見つめている。
「ん、ゆっくりでいいから」
言えるだろう? とミツハさんが俺の背を撫でて言った。温かい掌は俺のものより大きくて、そしてとても安心できる。
俺は、優しいその手つきに息を一つ吐いて、小さく頷いた。そして、ゆっくりと口を開く。
「…俺、未来の…なんか気に障ること言っちゃったみたいで…」
ポツリポツリ話し始めた俺に、ミツハさんは急かすことなく「うん」と相槌を返してくれる。俺はそれに安堵しながら続けた。
「…でも、俺…何が悪かったかよくわからなくて…、だからかわからないけど、未来が出てっちゃって…」
俺はその時の未来の悲しそうな、辛そうな表情を瞼の裏に呼び起こして、グッと奥歯を噛んだ。罪悪感だけが胸に残る。それのせいか目頭が熱を持ち、俺の脆い涙腺が悲鳴を上げだした。
けれどもここで俺が泣くのは筋が違う。泣いていいわけがない。そもそもミツハさんの前で情けない姿なんて見せられるものか。
俺はスンと鼻を啜って「ミツハさん」と頼みの綱であるその人の名を呼んだ。そうすれば、ミツハさんは「ちなみに何て言ったんだよ」と俺に問うてくる。それはそうだ。肝心なことを言っていなかったことに俺は気付いて赤面する。
「えっと、…『その面よこせ』…だったかな?」
俺は記憶を掘り起こしてそう口にした。口にしたはいいものの、なんだか間抜けな響きだと後から俺は思う。目前のミツハさんも同感だったらしく、秀麗なその容貌の眉間に、深い皺を刻んでいた。
「…あー…そうか」
ミツハさんは少し逡巡して、そして重々しく口を開いた。俺はごくりと無意識に口腔内に溜まっていた唾液を飲み込む。ミツハさんの口から一体どんな言葉が飛び出すのか、俺は心臓が爆発しそうだった。
「…なぁ彼方、お前は未来のあのツラ…どう思う?」
けれども、ミツハさんの声に乗った言葉たちは、俺の予想に反して俺の疑問を解決するようなものではなく、むしろさらにそれを膨らませるようなものだった。
何が言いたいのだろうかと内心困惑するが、しかしミツハさんのことだからその質問はきっと答えを導くために必要なものなのだろうと自己完結して、俺はミツハさんをじっと見返しながらも素直に口を開いた。
「えっと、格好いいと思いますけど…?」
そう、未来の顔は正直なところ、羨ましいくらいの男前だ。勿論、ミツハさんの次にだけれども。どう思うかといわれたら、まずは格好良い、そして羨ましい、ずるい、俺に譲れと続く。流石に最後のほうはミツハさんにはいえないけれども、きっと伝わってはいるのだろう。目前のミツハさんが苦笑した。
「ま、だろうな。俺もあのツラは普通にいい男だと思うし」
勿論俺の次にな、と茶目っ気たっぷりでミツハさんは笑む。俺は勢いよく同意した。主にミツハさんの次にという点で。
「…でもなぁ、あいつは…その男前なツラが嫌いなわけだ」
そしてミツハさんは静かに続けた。俺の背を撫でながら、まるで昔のことを思い出すように目を細めてふぅと息を吐く。
「…なんで…ですか?」
俺はおずおずとミツハさんに問うた。未来には直接聞いたことのない問いだった。流石に、それを直接聞く勇気は俺にはない。やっぱり、自分の劣等感を抉られるのは嫌だろうからな。
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