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Lv.2-14
 未来が寝座の扉の鍵を開ける間、その両手を塞いでいた袋を無理矢理一つ奪い取った俺は、再び腕に舞い戻った食材の冷感にゾワゾワと鳥肌を立てた。やっぱり冷たい。
 けれども、そんなことよりも俺の意識はジーンズのポケットに突っ込んだままの『届け物』―――鏡からのミツハさんへの用事、手紙のようなもの―――に向かっていた。
 鏡は一体ミツハさんの何なのだろう。
 仕事―――『使者(ヴェンダー)』関係なのかもしれないけれど、俺の知らないミツハさんを知っている素振りの鏡に、俺は今更だが苛々しだしていた。そしてこれは間違いなく嫉妬だと、俺はその感情を分析する。伝言の『あなたの鏡』というくだりも俺の嫉妬心を湧き上がらせた。むかつく。
 改ざんして伝えるか、などと思いながら険しい顔をしていれば、未来が「おい彼方大丈夫かよ」と慌てて声をかけてきた。しまった、心配させてしまった。

「ほら早く入って横になってろ」

 俺から袋を奪い取り、早く早くと俺を急かす。スニーカーを脱ぎつつ、俺は苦笑を浮かべながら「大丈夫だって」と返した。
 しかし未来は両手に持っていた袋を床において、かわりに開いたその両腕で今にも俺を抱えて部屋まで連れて行きそうな勢いだった。
 その表情は未だに俺を心配するそれで、なんだか俺は切なくなる。なんだろう、勘違いとはいえ、俺への優しさに満ちた未来の行為が何もかも愛おしい。
 だから、俺は未来を見上げて笑う。苦笑ではなく、精一杯の笑顔だ。

「ありがと未来、でも大丈夫だからさ」

 そう素直に感謝の言葉を述べれば、未来はグッと息を詰めて、そしてそれからハァーと大きく息を吐き出した。そしてあいた片手でガシガシと痛んだその髪を掻き乱して、そのままかけていたサングラスを外す。カチャリと、サングラスをたたむ音が聞こえた。
 俺の視界に、あの赤紫色の双眸が映る。柔らかく細められたそれが俺を見据えた。

「…ん、じゃあせめてソファにでも座って待ってろ、すぐに温かいの持っていってやるから」

 な、と俺を促す未来の声は優しい。気遣いに満ちているそれを、今度こそ俺は受け入れる。「わかった」と頷いて室内に進んだ。
 そして部屋の隅に置かれたソファに座ろうとして、そういえばポケットに件の物を入れたままだったと俺は思い出した。
 俺はそれを曲がらないように取り出してから今度こそ腰を下ろす。そうすれば、やはり年代物のソファはギィと軋んだ音を発して俺を支えてくれた。
 俺は気にすることなく置いてあったお気に入りの白いクッションを引き寄せて、取り出した手紙のようなものを眺めた。
 それは手紙のようなものどころかちゃんとした手紙だった。
 渡されたときにぱっと見た感じは、ただの真っ白い紙にしか見えなかったが、よく見たら北地区ではまず見ることの適わない上等な紙―――だって裏が透けない、それだけでもかなり上等だ―――で、なにやら仕掛けがしてあるらしい。手紙のくせに綴じ代も何もないが、封蝋のようなものが紙の端に垂らされ、印璽による刻印があった。
 その刻印が何を示すのかわからないけれども―――なんだろう、細長いなにか、刃物? なんだ、わからない。
 俺はそれを特定するのを諦めて隣に置いた。あまり詮索するのもまずいだろうと思ったのだ。
 ミツハさんへの、一応、預かり物だし、そもそも俺は『運び屋』をやっているから、そういうものは最後まで確りと相手に―――いくら依頼者が嫉妬相手であっても―――届けなければ、それを生業としている俺の自尊心が許さない。まぁ、形のない言葉はその限りじゃないけどな、と思ったりする。
 しかし未来も聞いていたわけだしなぁ、しかたない、一文一句間違いなく伝えてやろう。ついでに全然反省している風じゃなかったとも付け加えておこうと俺は心に決めた。
 そんなことをしていれば、未来が俺のところに湯気の立つマグカップを片手に近寄ってきた。

「遅くなってごめんな、ほら」

 未来がそういって、俺に熱いくらいのマグカップの持ち手を差し出してくる。俺は落とさないように受け取った。

「ありがと」

 そう短く零してそれを口元に近づければ、甘い匂いが鼻腔を擽った。
 未来が「熱いから気をつけろよ」といいながら俺の隣に腰を下ろす。ギシリとまたソファが悲鳴を上げた。あ、手紙踏んでないかな、大丈夫かな。
 けれどもそれは俺の杞憂に終わり、未来は件の手紙を片手に持ちながらじろじろとそれを眺めていた。
 俺はそれに安心してマグに口をつける。唇に熱を感じた。けれども、それ以上に舌の上に乗る甘みに頬が弛む。美味しい。
 それは普通に暮らしていたら滅多に口に出来ないチョコレートの甘みだった。
 ちなみに、家族の中で甘いものを好むのは俺とミツハさんで、未来はどちらかというと酸味の強いものが好きらしい。もっといえば、ミツハさんは俺よりも甘党だ。でもそんなところも素敵です。


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あきゅろす。
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