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Lv.2-13
 鏡は満面の笑みで「了解」と返して、徐にスーツの内ポケットから手紙のようなものを取り出した。

「じゃあ『これ』を旦那に渡してくれる?」

 はい、と鏡は未来にそれを手渡そうとするが、生憎、未来の両手は塞がっていた。かわりに鏡は俺の方をちらと見て、ニコリと笑む。

「じゃあ彼方ちゃん、お願いできる?」

 俺は「お、おおう」とどもりながらそれを受け取る。手紙らしき紙と共に差し出された手は本当に白くて、作り物のようだ。無意識に荒れて切り傷の多い自分のそれと比べてしまって、俺はハァと小さく息を吐いた。
 そんな俺を鏡は見てまた小さくフフ、と笑ったのが聞こえた。俺は慌てて鏡を見返す。じっと見つめてくるその青い瞳に吸い込まれそうになって、俺は慌てて視線を逸らした。い、居心地が悪い。

「…用が済んだなら消えろよ」

 見かねた未来が鏡に低く言い捨てる。それに鏡は笑んだまま一歩二歩と後退した。

「とりあえず急ぎの用はそれくらいだけど、まだやらなきゃいけないことがあるから俺は行くね」

 そしてそういいながら小さな手をひらひらと振った。未来が「はやく消えろ」と苛立ったように零す。俺も心の中だけで「そうだそうだ」と同意した。そんな俺の意識を読んだように不意に鏡が「彼方ちゃん」と俺の名前を呼んできて、俺は情けないがヒィッと小さく驚きの声を上げてしまう。けれども鏡は気にすることなく続けた。

「旦那にそれ渡すついでにさ、『本当にごめんなさい、二度と言わないから許してください。この通りあなたの鏡は反省してます。いやほんっとうに、これまじです』って伝えてくれる?」

 そして「頼んだよー」と一方的に言うと、鏡は地面を蹴った。タン、と軽い音を立てたかと思えば、左右の壁を交互に蹴り、あっという間に頭上、高い廃ビルの頂上に登ってしまう。黒のスーツが灰色の空に溶けていくようだ。俺はそれを呆然と見上げるしかない。
 あの動く人形みたいな男はヤマトもとい化物と同じだった。未来も鏡を見上げていたが、こちらは別段驚いた風ではない。…まぁ未来もこのくらい出来るだろうけどさ、未来は化物じゃないぞ、未来は未来だ。

「じゃあまたねー!」

 俺たちが見上げる先、乱れのないスーツ姿の鏡がそう叫び、手を振る。そして、消えていった。
 残された俺たちは、とりあえず、首を元に戻した。未来はどうか知らないけれど、俺はずっと上を見ていたせいで首が痛みだしていたのだ。固まってしまっていた首の筋を擦っていれば、未来が振り返った。

「…まぁ、帰るか」

 口元に苦笑を乗せて、未来が俺に零す。俺は鏡から受け取ったそれをぎゅうと握り締めてから、今度こそ強く頷いた。

「…ああ」

 とにかく、なんだか凄く疲れてしまっていたので、はやくミツハさんの顔を見て、そして未来の作る温かい料理を食べたかった。
 未来もそれに頷いて、また俺たちは歩き出す。
 今度は、誰にも出会うことなく俺たちは帰路についた。

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あきゅろす。
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