Lv.2-8
ちなみに件の事件、思い出したくもないが、あの変態との生涯最後の―――そうあって欲しいという俺の願望ではあるが。…いいじゃないか、願うくらい―――遭遇事件から、1ヶ月経った俺は、既にそれまで一人で住んでいた寝座を引き払って未来とミツハさんの暮らす家に戻ってきていた。
引き払った家にはもともと多くの家具はなかったから、必要なものだけを移し、そして呆気なく俺は温かくて安全な元の寝座に帰った。
つまり、俺のささやかな自立生活は終わりを告げたわけである。
それはそれで嬉しいことでもあるのだが、この温かさに慣れてしまうと、もう一度自立生活をしろといわれたときの反動が大きそうで今から恐ろしかったりする。だって自立生活では常に恐怖と隣り合わせだったからな。仕事が終わって疲れ果てた状態で寝座に帰ったら、何故かヤマトがいた時は泣きそうになった。そのあともっと泣いたけれど。
やつはこの第8でなら自分は何をしてもありだと思っているようだ。完全なる不法侵入なのだが、誰も咎めてはくれない。所詮弱いものは淘汰される運命なんだ。酷い。
それでもめげずに一人暮らしを続けていた俺はよく頑張っていたと思う。ころころと寝座を変えてヤマトから逃げていたんだから。…あまり意味はなかったみたいだけど。
俺がそんな悲しい過去を振り返りながら未来について歩を進めていれば、ようやく大通りの終端まで辿り着いた。
ここまでくれば、もう店もなければ人の気配も疎らだ。遠くから未だに喧騒が俺の鼓膜を打っていたが、それもじきに聞こえなくなるだろう。
俺は無意識のうちに安堵の息を吐いた。やっぱり、あのごちゃごちゃした感じは苦手だ。
それを隣にいる未来は聞き留めたらしく、苦笑しながら口を開いた。
「…やっぱりあそこは異常な人口密度だったな」
俺を見下ろしながらそう言って、「付き合わせて悪かった」と続ける。俺はそれに首を振った。
「ん、大丈夫。ってか、主に俺の欲しいものばっかり買わせてごめん」
思うところがありすぎる俺は、そういってハハと未来に笑い返す。そうすれば、未来も頬を緩めた。
「気にすんな。今まで我慢してきたんだからな、これからはばんばん甘えろ」
でもミツハには内緒にしろよ、と未来は口元を上げて言う。
「うん、まぁ、買い物のときは未来と一緒に行くことにする」
そして俺は苦笑しながらそう返した。
ばんばんとまではいかなくとも、それくらいは甘えてもいいだろう。というか、甘えないと薄給の俺にはなにも買えない。とても切ないが。
未来は俺の答えに「ああ」とこれまた笑顔で頷く。なんだかとても嬉しそうだ。やっぱり未来でも頼られるのは嬉しいのかな。
きっと俺みたいな弱いやつが家族ならそれすら苦痛になるのだろうけれども、面倒くさがらずに付き合ってくれる未来は本当にいいやつだ。俺だったら絶対そんなやつと一緒にいたくない。
俺はそんなことぼんやりと思った。我ながら最悪な考えだ。
でも、弱い人間は切り捨てないと生きていけないのがこの世の常であり、それでも弱いと自覚する俺がこうして生きていられるのは、ひとえに未来やミツハさんのおかげである。本当にミツハさんに拾われて良かったなぁと俺はしみじみ思った。
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