Lv.0-15
「かーなーたー」
俺の名前を勝手に伸ばすな。なんだか間抜けな響きになるだろうが。
俺が口を噤んだままでいると、ムッとしたのか手首を掴んでいる指先に力が篭ってギリギリと締め上げられた。その上、腰に回ったままの腕まで力が篭る。背を反らして必死に距離を取ろうとする俺はエビゾリに近い格好だ。情けないが身体が固いほうなので、背骨が悲鳴を上げている。これ以上無理をすれば真っ直ぐ立てなくなりそうだ。けれどもそうなる前に、ヤマトが俺の背を元に戻したが。
「っ痛い! 痛いから離せよ!」
俺がそう当たり前の抗議をすれば、ヤマトは口を尖らせて反論する。
「痛くしてるんだってー、うんって彼方がいわないからさー」
悪びれもなく言うことか、と罵りかけた口を噤んで、俺はない脳味噌を必死に働かせた。このままでは暴力にものを言わせてうんと言わされそうだ。なにかいい考えはないか、ああもう、こういうとき聡明な脳味噌が欲しいんだ。狡賢さでもいい、とにかく現状打破のいい知恵を誰かプリーズ。
しかし、結局頼れるのは自分自身のない脳味噌だけだ。俺は必死に考える。
ああどうしよう、止めてくれと頼んだところで止めてくれる人間ではないのはわかりきっているので、とにかく懇願とかそういう類じゃなく、かといって実力行使なんてもっての外だ。ついでに頭の方も大層いいので、頭脳戦も駄目だ。もっと返り討ちにされるだろう。力でも頭でも勝てないのって、そうとう駄目な感じじゃないかな俺…。
ヤマトからの脱出計画を練っていたはずが、ついマイナス方向に流れていく思考を俺は気力でなんとか元に戻す。腕力能力以外でなにかいい手はないか。とりあえずはこの密着した状況から脱せて、心身ともに無事に家路につけるだけの手は。
俺がうーんうーん悩んでいると、悩みの種であるヤマトはサラッと頭上から爆弾を落としてくれた。
「彼方さー、あんまり難しいこと考えてると頭沸騰するって」
駄目出しまでしてくれたよ、この男。
俺の限りなく高い沸点―――それはこの世界で生きていくうえで非常に大事なスキルだ。諦めれば怒り出すなんてことは滅多にないからな―――は、しかしこの男の前では瞬時に瞬間湯沸かし器並みの低さに早変わりだ。
「クソッ! 誰がそうさせてると思ってるんだこの変態! いい加減俺で遊ぶのやめろよ、迷惑なんだよ!」
俺の感情の爆発に、ヤマトは「えー」とブーイングする。余裕過ぎる対応に、ますます俺の怒りは燃え上がっていく。
「大体俺に付き纏って何の得がある?! 穴に突っ込みたいだけなら俺じゃなくてもいいだろ?! むしろお前なら選り取り見取りだろ! そいつらに突っ込んで満足してろよ!」
「だーかーらー俺は彼方の穴に突っ込みたいの。そう言ってるじゃん、彼方のがいいんだってー」
「俺はお前に突っ込まれたくない!」
というか、誰にも突っ込まれたくない、むしろ突っ込みたい。だって、それが性だ。動物的本能だ。
「なんでー彼方だってちゃんと気持ちよくなってるだろー? 俺の何が不満なわけ? 俺ちょっとショックー」
いや、不満だらけですよ。そもそも、襲われている時点で超マイナスですよ。むしろそんな最初の部分を理解してくれないあなたにショックですよ。
俺のそんな心情を察することなく、ヤマトは不貞腐れたように口を尖らせる。そしてこれ見よがしに大きく溜息を吐いた。第三者が見れば憂いを含んで素敵とか思ってしまうんだろうその溜息も、俺にとっては火に油だ。
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