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Lv.0-10

「1ヶ月と12日ぶりの彼方の声、聞きたいなー」

 ヤマトのその言葉に、喉の奥のほうで俺の舌が震えた。ごくりと、喉元を震わせて溜まっていた唾液を飲み込む。

「…ほら、もう口動くだろ? 彼方?」

 聞かせて、とせがむようなヤマトの声は、しかしれっきとした命令だった。
 そう、『力』を少し込めただけで、それは容易に『願い』から『命令』に変わる。もしもヤマトが常時『力』を込めて俺に話しかければ、下級の俺は日常生活全てヤマトに縛られてしまうことになるから、恐ろしいことだ。
 けれども、ヤマトは『力』を使うべきその微妙なラインを絶妙に読み取る。そして、それはとても効果的に俺を追いつめるんだ。実に狡猾でいやになる。

「ふ、ふざけんなよ…!」

 そして今回も例に漏れずヤマトの命令に従った俺の声帯は、自分でも可哀想なくらい掠れた音しか世界に響かせなかった。
 それはヤマトに遭遇してから沈黙を守り続けていたせいであると俺は思った。いや、そう思いたかった。絶対に、好き勝手に口の中を舐められて舌が痺れていたなんて、そんな、そんな屈辱的なことを認めたくはなかった。

「クソッ…! 離せよ!」

 苦し紛れに怒鳴り声を上げるが、それでもヤマトは俺の声に満足したようで目尻を下げる。
 そして嫌だ嫌だ離せこの変態、と詰る俺に「うーん、まさに久しぶりの彼方って感じ」とますます笑みを深くして猫目の双眸を細めた。
 どうやら離す気はないらしい。
 グッと掴まれた腰が半端のない握力のせいで痛みを訴えるが、顔を歪めることも出来ず、ましてや痛いと訴えることも出来ない。だって、喜ぶんだ、この変態。

「はー…やっぱり1ヶ月以上空けると駄目だなー。抑制が効かなくって、すぐにでも彼方のこと食べたくなる」
 
 ヤマトは自分の薄い唇を真っ赤な舌でぺろりと一舐めする。
 細められたその瞼の隙間から覗く翡翠の瞳にギラギラした嫌な光が灯っているのを見て、俺はヒィッと情けなくも悲鳴に似た声を上げた。

「っは、離せ! ふざけてないで離せよ!」

 もがくことも出来ずに脱力した四肢が恨めしい。気持ちだけが焦って俺は叫んだ。
 それにますますヤマトは楽しそうに口を開く。

「ふざけてなんかないってー、彼方のこと大好きなだけー」

 「それがふざけてるんだ!」と言えば、「うーん疑い深い」とヤマトが苦笑する。
 でも全く困った様子もないから、本当はどうでもいいことなんだろう、俺の反応なんて。
 そう、何時だってヤマトは一方的だ。
 俺がヤマトに吐く言葉なんて、大概が罵声怒声嘆願哀願その類だけで、勿論心の底から感情を乗せて吐く言葉たちだ。必死も必死、だってあまりにも理不尽な暴力だし、死にたくないし、だから、応えて欲しくて叫ぶ言葉なのに、向けられたヤマトにとってはただの言葉の羅列でしかないんだ。
 つまり、俺が何を言ってもスルーされるんだったら、もう何も言わないほうがいいんじゃないかって思って、俺はいつも口を噤むんだけど、それはそれでヤマトの癇に障るらしい。俺の言葉なんて聞く気もないくせに、一人で話すのは嫌なんだそうだ。
 いや、そもそも俺はどっちかっていうとヤマトとの会話自体したくないんだけど。
 再び口を噤み、視線すらもフンと逸らした俺に、ヤマトは眉を上げて俺の力の入らない首を支えるために後頭部に回していた掌に力を込める。
 そのまま黒髪をぐいと掴まれて頭皮が悲鳴を上げた。禿げたらどうしてくれるんだ。


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