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Lv.1-46
 男は俺の歪んだ表情を間近に眺めると、その薄い唇をぺろりと舐めた。
 そこで俺は、男の表情がすっぽり抜け落ちていることにようやく気付いた。
 剣呑な空気すらない。感情というものが存在しない、それはそれで恐ろし過ぎる状況に、俺の喉がゴクリと鳴った。
 けれども、引くに引けないし、引く気もない俺はギッと男を睨みながら口を開いた。

「なんだよ、本当のことだろ! 確かに北地区の連中は弱いさ、でも生きていくことに必死になってるんだ! それをテメェの勝手で踏みにじっていいはずねぇだろ!!」

 俺は知っている。
 あの悪辣な環境で生き抜くことの大変さを。
 時に飢えて死ぬものもいるし、肌を凍らす寒さにしぬものもいる。癒せぬ病に倒れるものも、生まれてすぐに捨てられるものだって―――。
 それを、その命を、いくら実力社会の頂点にいる東地区の連中だからって、簡単に摘んでいいと思っているのか。
 傲慢さを振りかざすのもいい加減にしろと俺は内心罵って、男を睨みつける双眸に力を込めた。
 男は、ようやく舐めていた唇を開いた。

「…あームカつく」

 そしてそう一言言って、男は俺の顎を掴んでいた指を離すと、その手で拳を作り思い切り俺の頬を打った。
 ガキッと言って骨に響く音を知覚すると同時に、俺の片頬は激しい痛みを発した。
 あまりの痛みに言葉も出ない。唇が切れて口端からダラダラと血が流れてきた。口内にも鉄くさい味が広がって俺は無様にも呻いた。

「っぐ、ッハ…!」

 パタタ、と血混じりの唾液が渇いたコンクリートに汚い染みを作った。
 男はそんな状態の俺に構うことなく、掴んだままの片腕をぐいと引いて再び俺の顔を見える位置に持ってきた。
 腕を掴んでいる力も容赦がない。ギリギリと俺のお世辞にも肉付きの良いとは言えない腕が悲鳴を上げる。

「ムカつくんだけどさ、カナタちゃん? なんのつもりなの?」

 男の感情のこもらない平坦な声がドクドクと酷く拍動する心臓の鼓動の音に混ざって俺の脳を揺すぶる。
 それに何も答えないかわりにより一層きつく睨み返せば、再び頬に一発食らった。
 歯が口腔に当たってまた切れたようで、口内に一気により強い血臭が立ち込める。
 俺は痛みとはまた別に顔を歪めた。口内が血だらけだった。
 けれども、俺はその血の混じった唾液を地面に吐き捨てて、血の滴る口を開いて言った。

「なんのつもりもなにも、俺はテメェみたいなやつが大っ嫌いなだけだ!」

 そう、それこそ俺の思う全てだ。
 偉ぶってんじゃねーとか、ふざけんじゃねーとか、色々言いたいことはあるが、とりあえずそれを全て纏めて簡潔に述べれば、『大嫌い』になるなのだ。
 許せないほど嫌いだ。消えてほしいと思うくらい嫌いだ。
 それが今俺の中で渦巻く感情の源だった。

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あきゅろす。
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