[携帯モード] [URL送信]
あの頃だったら

「しかし、罰ゲームにならんように言われてたのに足引っ張って…むぐ」
しょんぼりと口を開いていた忍足謙也の口を親指と中指で左右から挟んで封じる。

「忍足謙也の足の速さに甘えて、私の前衛としての行動範囲は普通よりも狭めてやっていたの。だから、謝るのは私」
「いや!足のこともあって部長たちがそうしたんやろ?!だったら俺が悪いんや!」
「そんっ「お疲れ」
感情的に口を開いたなか、背後から声をかけられ、我に返りながらも振り向くと、柳くんとブン太と白石くんがいた。
それにひと呼吸おいて、私も笑顔で「ありがとう」と返した…のだが

「…なんでみんなちょっと残念そうなの」
どこか祝福だけではないものが入り混ざった表情をしている三人に私はじろりとした目を向けた。

「い、いや!そんなことないで!それより足は…」
慌てて表情を取り繕う三人の中で、白石君が言う。
ごまかされた気がしてならないが、心配してくれているのが確かなことも知っているので、私は問い詰めるのをやめた。

「セカンドはジャンプサーブやめて下から打っているし、結構平気。足の速さがある相方と組めているから負担は少ないよ。」
ね、 と忍足謙也に視線を向けると、あわあわと否定をする。

「いや、結局は俺なんも…!」
「下からのサーブなんてチャンスボールだもん。すぐに反応してくれる人じゃなきゃ無理なんだって。もう少し自分を認めてよ。」
先程から謙遜しすぎる忍足謙也に少し強めに言うと、彼はまだ何か言いたそうにしていたが、頬をほんのり赤らめて俯いた。

(照れている…のかな)

そんな姿にホッとしつつ、小さく笑った。

「なんだよ。俺が相方でもお前に負担かけさせねーし」
ムスッとした声が聞こえて、目を向けると、声に似あった表情をしているブン太の姿。
そんな顔にきゅんと胸が鳴った。一歩、ブン太に近づく。

「うん。知ってる」
ニコッと笑って告げる。と、ブン太は複雑そうに視線をそっぽに向けた。
そんな姿に微笑んで、私は柳君と白石君にも同じように笑顔を向ける。きっと、同じことを思ってくれていると推測して。みんなは優しいんだもの。

「心配かけちゃってごめんね。」
そういうと、やっぱりみんな複雑そうな表情をする。それを、princessの面が重たく感じつつ、私がうれしいと感じる。

「と、忍足謙也、まだ次のコートあいていないみたいだから、私この間にお手洗い行ってきてもいい?」
「あ、おお」
「ありがとう。
それからブン太は相方さんが向こうで呼んでるよ。柳君たちも、そろそろコートあくみたいだから行った方がいいかも」
ざっとあたりを見渡して、感じたことをみんなに告げて、私はその場を後にした。

「すごいな。他の人間の順番とかまで覚えとるんか…」




お手洗いに行く、と見せかけて…私は少し遠くてあまり使われないらしい水道に来ていた。

「っ…」
くらくら、する。
暑さのせいなのか、それとも痛みのせいなのか…はたまた、心の問題なのか。
考える気力も、なかった。

水道の蛇口から勢いよく水をだし、靴下を脱いだ足をそこにばして、水道のふちに家柄らしからぬどかっとした動きで腰を落とした。

白石君のマッサージのおかげか、先程のようにピンと張っているような、つっているような痛みはない。痛みには慣れているはずだったのに、急に疼いているような感覚がして、気持ちが悪かった。

「…は、ぁ」
呑み込むようにしていた息を吐く、と…近くに人の気配が、した。
なんでだろう。だれだかわかる、なんて。願望だったら、どうしよう、なんて思いながら、口を開いた。

「せい、いち…?」

すると、驚いた表情をした精市が建物の陰から現れる。
その姿に、なぜか、安堵した。

「足…」
「…痛い、とかじゃなくて、気休めにやっているだけだから気にしないで。」
眉を寄せながらも笑う。でも、精市は笑ってはくれない。
こんな姿を見られたら、今までだったらごまかしたり慌てたりしていたんだろうけど、今は……だれかに、そばにいてほしかった。

「気にしないわけ「ねぇ、精市、きて」
誰かを呼びに、または試合をさせないようにいうためか、踵を返そうとする精市に、そう冷静な声で言う。「お願い」そう目で言うと、足早に精市はこちらへ来てくれる。

足が止まるのを確認して、私は立っている精市に寄りかかり、手を握った。
「みっ!?」
「ごめん、少しこのまま…」

慌てる精市に、小さく、すがるように言う。
私の様子に、精市は、手を握り返してくれた。

「どうしたの」
小さな声で、優しい精市の声が、耳に心地良い。

「…ダブルスでね、私が、忍足謙也を引っ張ったの」
ポツリ、と声を漏らすと、精市は空いた手で私の頭を優しくなでながら、聞いてくれた。

「今までずっと、誰かに、引っ張ってもらっていたの。
私の楽しいダブルスって、いつも、あいつ…優斗が私を引っ張って、楽しくしてくれていたの。」
「……うん」
「あいつは私のせいで、今辛い生活を強いられているのに、私が、あいつのいた立場に立っていることが、自分の中であいつを消しているようで、なんだか、怖く、て…」
尻すぼみに消えていく声。口してしまうと本当のようで、ゾッと、した。

ちがう、そんなつもりない。

否定したいのに、すべてにあいつが重なって。私があいつの居場所になり替わろうとしているようで、否定をしていいのか、わからない。

「海里は、優斗さんに会いたい?」
「……顔を見せられる立場じゃ、ないけどね。
……うん、そうだね……会いたい」

目を閉じると、私に恨み言を言う想像上の優斗が浮かびそうで、遠くを見つめながら、気持ちを込めて、答える。

今、私は幸せなのに。精市たちのおかげで、幸せなのに。ごめんね。
そう内心でつぶやく私に、精市はまた優しい手で頭をなでながら、優しい声をかけてくれた。

「それだけはっきり言えるなら、大丈夫。」

その一言で、驚くほど安心して。
私はそっと目を閉じた。そこには優斗の姿が浮かぶことなく、ただ耳から入ってくる精市だけが私を占めた。

「俺は、会ったことがないから、跡部や海里に聞いた話からの推測だけど、優斗さんにとっての居場所って海里自身だと思うんだ。」

きゅっと、精市の手に力がこもる。
こんなに優しく甘やかされた言葉で安心する自分を嫌悪しつつ、ただただ、精市の声が、言葉が、体温が、心地よかった。

「たぶん優斗さんなら、今海里が悩んでいることも、海里が自分を追いかけてきてるって思うんじゃないかな。」

「おいで」

「……ありがとう」

あんなことさえなければ、きっとそう思ってくれたんだろうな。
内心で精市の言葉が響いた。



TLDR


[←][→]

27/33ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!