部長さん
「さっき言ったこと忘れるんやないで。
それからAコートはエリアやなく、他と同じでコーンに当てる事。
できひんかったらお前はこの後の合宿中、球拾いだけしかやらさへんからな。」
四天宝寺の部長の言葉に、ドキリとする。
『さっき言った事』
それって…
『絶対にDコートより…いや、一番に終わらせてみせますから!』
「はい!」
白石君のその返事を聞くと、四天宝寺の部長さんは立海側に普段の笑顔で謝罪をすると、メニュー開始の号令をかけた。
周りが動き出す中、私の足はなかなか動かなくて。
そんな私の肩をポン、と白石君が叩いた。
「白石、くん…」
「なんちゅー顔してんの。ほら、始めるで」
小さく笑顔を見せてくれたものの、白石くんの表情がどこか…苦い。
それに、内臓が浮くような、へんな緊張が駆け巡る。
白石くん後悔、してる…?
私の、せい、だ。
私が白石くんに薬のことなんて知られたから…。
だから白石くん…
ぐるぐるとする中、もう既にコートの向こう側にみんなが並んでいる事に気づいて、私はハッとする。
そして、自分の感情に一度蓋をし、『マネージャー』としての笑顔を貼り付け、ラケットを握り、みんなに向き直った。
「さっ!声だしていくよ!!」
そう自分を含めたメンバーに気合を入れるように大きな声を出すと、みんなもそれに答えるように「おう!」と返事をしてくれる。
…そんな人たちに対して『仮面』を貼り付ける事に、なんの違和感も感じない自分がいやになるけれど、それにもふたをした。
「一番に終えて、レギュラー見返すでーーー!」
白石くんの言葉に、他のコートからも笑い声が漏れつつ、コート内のメンバーも笑いながら返事をする。
そして、メニュー開始。
私はもちろん手を抜かずに球出しをする。
それが分かったのか、数人は泣きそうな表情をするが、白石くんは嬉しそうに笑った。
けれども、
すぐにみんなの表情が、白石くんと同じものへと変わっていった。
…白石くん、は元Bコート。
だから、この両校からしてみればそこまでうまいという訳ではない。
だけど…
「おしいっ!」
「うわ…みんな、ごめん…」
「ええってええって!みんなお互い様や!
さっ切り替えていくでえー!」
純粋に、まっすぐに、ストン、と、私の胸に言葉が落ちてくる。
「基本を守れば当たるで!
ちゃんとつま先を的に向けるんや!」
白石くんって…
「ナイッショーッ!これいける!」
『部長』、だ。
「おっしゃああ!ラスト一周!みんな声だしていくでえええ!」
「「「おう!!」」」
これから先、四天宝寺を支えていくのは、確実に、彼だ。
思わずそう感じてしまった時には、列に残り二人。
すごい、すごいよ…!
コンッ
そう音を鳴らせて、コーンにあたる。
残るは、白石くんただ1人。
このコートのメンバーは、まだこんな小さな一点は狙えないだろうって、部長たちと話して、当初はエリアを狙うことに決定した。
なのに…なのに…!
私のラケットから、ボールが飛んでいくその光景が、驚くほどゆっくりに感じる。
これが決まれば、
「ラストー!」
パンッ
綺麗な音を立てて、ボールはコーンに当たるだけではなく、それを倒した。
ミスをしてしまえば全てがパァになる、そんなプレッシャーをものともせずに、本気で打った事が分かるその球。
その光景に思わず見とれてから、宣言どおりに一番に終えた事に、私は思わず目を丸くしてから笑顔になり、コートのメンバーに視線をうつした。
「すごい!本当に一番に終わっ」
「ちょっときぃ」
そちらへ顔を向けると、目の前に白石君がいることに気がついて。
私が言いかけたと同時に、そのあせった声が聞こえたと思ったら、次の瞬間
「えっ」
私の足は地から浮いた。
驚きながら顔を上げてみれば、折角一番に終わったというのに、ちっとも嬉しそうにない、真面目な顔が目の前にあった。
体勢は、いわゆる…お姫様抱っこ。
彼の真剣な表情、そして、体勢から思わず今朝の出来事とデジャヴした。
「し、白石くん…?」
顔を赤くしつつ、私もざわめく辺りと同じように驚きながら口にする。
でも、白石君は私たちの声を無視して、コート横の屋根のあるベンチに私を下ろした。
そして白石くんは私の前にしゃがみ、ずいっと私の顔の目の前に白石君のボトルが突き出される。
「え、あの…白石、くん?」
「飲みぃ」
怒ったように言う白石君に私は戸惑いを隠せない。
終わったメンバーもポカーンとしている。
そんな中、とりあえず私は白石君を落ち着かせようと小さく表情を笑みにしてみる。
「私、自分の飲み物、もってるよ?」
そして、そう言いながら自分のボトルを顔の横に出してみた。
だけど、白石君は表情を和らげない。
それどころか、また少し険しくなったような気すらした。
「それ、スポドリちゃうやろ」
その言葉に私はギクリ、と表情を固める。
スポーツをするときは基本的にお茶や水はあまりよくない。
塩分の取れるスポーツドリンクが一番最適なのだ。こんなに暑い日ならば、なおさら。
それは、理解している。…だけど、私はみんなほど動くわけではないし…と、限りのあるスポーツドリンクの粉を私なんかが減らさないように水道水を入れてきていた。
「なんで…」
「さっき海里ちゃんが全員のボトルの中身を継ぎ足すために並べて置いてあったとき、海里ちゃんのボトルにだけ蟻がたかってへんかったからそうやないかなって」
早口で言うと、またズイ、とボトルを近づけられる。
そんなところまで、気がつくんだ…
これもまた純粋に、その観察力に感動する。
と…白石君はハッとしたようにボトルを突き出していた手を緩めた。
それが急だったために、私は彼の表情を伺う。
すると、ただでさえ、日焼けで赤くなっていた顔が更に赤みを増していた。
「う、あ、わわわ悪い!ジャグから海里ちゃんのボトルに汲んでくる!」
言った白石くんはシャキンッと効果音が聞こえるのではないかというほどにまっすぐに立ち上がる。
それにキョトン、としながらも、私は今入っているジャグがあるのがこのコートから一番遠いDコート側だということに気がついた。
「あ、白石くん!」
それに思わず彼の服を掴んで引き止める。
「白石くんの、一口貰っても、いいかな?」
やはり選手の飲み物を貰うのはサポートする身として気が引けるのだが…あそこまで行かせる方がしのびない。
自分で行くと言っても多分聞いてもらえないだろうし…。仕方がないからここは頂こう。
白石くんのボトルにはこの休憩の間に継ぎ足しておけば、大丈夫、だよね…?
そう考えた結果、笑って言えば白石くんは更に赤くなって、また私の目の前でしゃがみこんだ。
「う、あ、はい…」
そう、小さく言うと、差し出す手まで真っ赤にして白石くんは俯く。
さっきからなんでこんなに、赤くなって…
白石くんのボトルから一口飲みながら不意に考える…と…
あ…。
理由をやっと理解して、私も頬をほんのり赤くなる。
そんな私に白石くんはそっぽを向きながら
「…ごめん、」
なぜか謝罪をする。
「い、いえ」
その反応に、なぜか私もギクシャクとしてしまい、ボトルから口を離した。
だけど、その瞬間に白石くんの目の色が変わった。
「だめや。もっとちゃんとのみぃ。」
「あ、はい」
その有無を言わさない言葉に私も素直に返事をして水分をとる。
なんだかさっきの雅治になった気分だ。
白石君は、私がまた水分を摂る姿に吹っ切れたのか、咳払いを一つすると、普段の表情に戻り、私の右足をそっと手に取った。
「え、あの!」
汗かいてるし、オムニの砂かかってるし、お世辞にも綺麗な状態とはいえない足を取られた事に私は抵抗する。
だが、そんな私を気にも留めずに、白石くんは片手で私の足を取ったまま、もう片手で保冷ボックスにあった氷…現状として言えば氷水に自分のタオルをそこに落した。
そして、今度は両手で私の足を手に取り、靴と靴下を脱がしていく。
その行為に私は足を引っ込めたり引き続き抵抗してみるのだが、白石くんの力には到底勝てそうになかった。
仕方なしに力を抜いてみるものの、そのあまりの恥ずかしさに私は顔を真っ赤にして自分のズボンを両手で握り締める。
「し、白石くん、なに…んっ」
動揺しながら声を発するが、それは飲み込まれる。
そして、白石くんから与えられる感覚に眉が寄り、思わず目を瞑った。
「力、抜きぃ」
「〜無理。痛いっ痛っ…やめっ」
右足にこめられる力。
マッサージだと分かるまでに少し時間がかかった。
「硬すぎや。
自分で分かるやろ?ずっと筋肉が張って、攣ってるみたいになっとる」
怒ったような低い声で言う白石くん。
だけどそれに反応する余裕はなかった。
知ってる。分かってる。
だけど、そんなの気にしていたらきりがないもの。
そうやって悪態をつくのが精一杯。
だけど、すぐにそんな思考すら止められてしまう。
「痛い痛い痛い…っ」
思わず、目じりに涙が浮かぶ。
痛みに慣れていたはずなのに、これは耐えられそうになかった。
だけど、その痛みに負けて、身体全体で拒否することができない。
「やめて、痛…っ」
「海里ちゃん、力抜きぃって。
本気でつるで?」
分かってる。だからずっと今日は力を入れなかった。
だけど、だけど…っ
どうやれば力が抜けるのか、自分の身体なのに分からなくなるほどに、私はその痛みに動揺していた。
そして、
「い、いたいー」
我慢できずに、浮かんだ涙をこぼしてしまった。
その瞬間にあたりの空気が凍る。
白石くんもそんな私に固まってしまい、パッと手を離した。
その瞬間に、深い息が私の口から零れる。
気づかぬ間にどうやら息を止めていたようだ。
マッサージをするときは呼吸は止めずに、リラックスして。
そんな当たり前の事が脳裏をよぎるが、さっきはそれどころではなかった。
「ごめ、」
白石くんが善意でやってくれていたことはわかっていたから、とっさにそれだけを涙を拭い、うつむきながら告げる。
すると、ふわり、と上がった息を押し込める人物に抱きしめられた。
そしてポンポン、と頭を撫でられる。
「大丈夫か?」
「柳、くん…?」
見上げる私に、優しく微笑んでから柳くんはコート側に目を向ける。
耳に当たる柳くんの心臓はとても激しくて、呼吸も整えようとしているのが分かるが、まだ荒い。
そのことから、急いで駆けつけてくれたことを理解した。
「ブン太!終わったか」
柳くんの言葉に、猛ダッシュでブン太がこちらに向かってくる。
その後ろからは同じようにダッシュしている雅治とジャッカルくん、柳生くんの姿があった。
その光景から、Bコートが終わったことを知る。
そして、ここにいる柳くんから、Cコートも終わったことが分かった。
いつものメンバーで言うと、あとは真田くん、精市…つまりDコートがまだ終えていないようだ。
「はぁ、はぁ…」
私たちの前で両膝に手をつき、呼吸を整えるブン太。
そんな姿に、私は涙を引っ込めた。
「白石、続けてくれ。
ブン太、みて覚えろ」
その言葉に私は目を丸める。
やっとやめてくれたのに、やるの?
そう、また涙の浮かぶ瞳で柳くんを見上げる。
すると、柳くんは気まずそうに視線を避けた。
私のことを思ってのこと。
それは理解しているつもりだけど、今、どうしようもなく突き放された感があったよ!?
「見て覚えるってゆうても、素人は筋肉さわらへん方がええで?
俺は医者の謙也のおじさんにちゃんと教えてもろうたからまだええと思ってるんやけど…」
私の涙に固まっていた白石くんはハッとしてから、困ったようにそう柳くんに告げる。
それに、柳くんは真剣に白石君をみつめた。
「理解している。だから、普段からできる簡単な応急処置程度でいいんだ。
教えてはくれないか?」
本来、海里に聞くのが最前なんだが、絶対に教えてはくれないから、と、そう言った柳くんに白石くんは未だ苦い顔。
だけど、小さくため息つくと、口を開き、私の足をまた手に取った。
「別にええけど…あくまで俺かて素人やからな?」
「あぁ。感謝する。」
言った瞬間、柳君がホッとするのが、伝わってくる。それにまた彼を見上げれば、ポンポン、と優しくまた頭を撫でられた。
先ほどまで恐怖に近い痛みに囚われていたが、そうして頭を撫でられた事でどこか安心した。
その言葉を聞くと、ブン太が白石くんの隣にしゃがみ、白石君の後ろに雅治、柳生くん、ジャッカルくんが立つ。
そんな状況にいずらそうにしながら、白石くんは私の足に両手をかけた。
すると、
「p…じゃない、海里どないしたんや?!跡部呼ぶか!?」
これまた息を切らした忍足謙也が駆けつけてきた。
急に入ってきたその光景にみんな思わずキョトン、と目を丸くした。
その瞳には『跡部』という言葉に反応している事がうかがえる。
そういえば、精市以外に言ってない…。
そう思いながらもとりあえず慌てふためく忍足謙也に私は口を開く。
そしてそれと同時に、抱きしめてくれていた柳くんの手をそっと押し、距離をおくようにした。
「なんでもないよ。
ありがとう、忍足謙也」
お昼の一件があれど、やはり『princess』時代を知っている人間に弱い部分を見せたくない、と思ってしまい、そう笑顔で答える。
すると、「ほんまに?」とまるで捨てられた子犬のように私を見つめてくる忍足謙也に罪悪感を抱きつつも…
思わず、
きゅん
ときめいた。
何この子かわいいかわいいかわいいかわ…「いたたたたた!!」
忍足謙也にときめいていると、不意に白石くんがマッサージを始めるものだから、私は思わず声を上げ、近くにいた柳くんにしがみついた。
「やっぱ痛いん?!お、俺跡部に…!」
「いい!いい!いいから!!
景吾に連絡なんて、したらっ…つ。
ヘリで来るから…バカだから…!」
痛みに耐えつつも、私は必死に忍足謙也を止める。
と、私の言葉に同意するところがあったのか、白石くん以外が苦笑いをして、忍足謙也も携帯をしまった。
「せやな…」
「うん…。
て、痛い痛いってばーっ」
思わず目を薄め、唇に歯をたてると、あわあわとしたブン太の姿が視界に入る。
なにこれかわいいかわいいかわいいい「いたい!」
「ぶはっ」
おんなじことを繰り返す私に、この空気には似合わない噴き出す声が響いた。
もちろん、犯人の予想はつく。
そちらへ視線を向けようと見上げると、柳生くんがぺシンッと音を立てて犯人…雅治の頭をはたいていた。
「悪い…っでも…くくっ」
「仁王くん」
「悪いって!でも、だって…く…ははっ
オシタリクンや、ちょいこっち来んしゃい」
笑いながら雅治は忍足謙也を手招きする。
忍足謙也は首をかしげながら、招かれるままに雅治の方へと足を進めた。
「そんで、ブンちゃんの隣に座って」
「ん?お、おう?」
疑問符を浮かべながらも、心底楽しそうな笑顔を浮かべる雅治に従い、指で指された場所へと腰を下ろす忍足謙也。
その姿に、思わず素直に従っちゃう辺りが流石忍足謙也というか…と内心で呟いてしまった。
…でも。
だけど…!
「ほれ。その角度におればこれが見れるぜよー。」
こいつ…分かってる…!
なんて思いながらも、心配した表情で見上げてくる二人に飛びつきたくなるほどにはときめいた。
だけど、身体震わせつつもそれを何とか耐える。
そんな光景にあたりの空気が徐々にやわらかくなり、その二人と白石君以外ははんば呆れながら笑っていた。
「今のうちじゃ、白石。」
「お、おん」
一度手を止めていた白石君は雅治の言葉でまたマッサージを始める。
それにまた私は表情をゆがめた。
けれども、先ほどよりは幾分か痛みがましになっている。
二人をかわいいと思った体がリラックス状態のときに、少し筋肉がほぐされたようだ。
「…っ」
「さっきより結構ほぐれてきたから、そこまで痛くはないと思うんやけど…」
心配そうな白石君の声が妙に頭に響く。
そしてふいに目を瞑っていて見えないが、柳くんだと思われる手が、私の握り締めた手から力を抜くように優しく包み込んでくれた。
「う、ん。だい、じょうぶ結構ほぐれたか、ら」
白石君を安心させるために、そう、口にする。
口だけではだめだと、柳くんが手を包み込んでくれた事をきっかけにして、少しずつ力を抜いていった。
すると、小さく安堵のため息が聞こえて、私も安心する。
息をゆっくり吐いて、瞳を開けていくと、結構強く瞑っていたためか、太陽の光がとても眩しく感じた。
「ほんまに?強く、ない?」
「うん。だんだん気持ちくなって、きた」
眉は少し寄るものの、笑って言えば、白石君もまたほっとしたように笑ってくれた。
「さっきからなんかエロく「いい加減にしたまえ、仁王くん」
雅治の言葉に、冷たい視線が彼に向けられる。
それに雅治は「なんじゃ、素直じゃないのぅ」と拗ねたような視線をみんなに返していた。
そして、そんな雅治に、
「「…」」
「ちょっ痛っ!」
みんなが無言で一発ずつ食らわしたかと思うと…
「…」
気付いた頃には雅治は距離を置いた場所にしゃがみ込んでいた。
「ふふ」
そんな姿に、困った笑いがこみ上げてきて、身体の力がふっと抜ける。
足を持っていた白石君がそれに表情を今までにないほどに優しくしたのを、私は知らない。
そのころのDコートでは…
「はぁ…はあ…幸、村…少しは手加減を…」
「ふふ、レベルが一番上のコートですし、これくらいはしないと」
(向こう落ち着いたみたいだし、そろそろ良いかな…?)
幸村が率先して球出しをし、時間を稼いでいたとか。
オマケ
「(海里ちゃんが口を付けた、ボトル…)
…
……」
「…白石、さすがにキモイわ…」
「!」TLDR
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