変な人 ジリジリと照りつける太陽。 その雲ひとつない清々しい空が今は憎らしくて仕方がない。 私はその空を一瞬見つめてから、キュッと音を鳴らせて蛇口を閉めた。 天気予報ではなんとも言っていなかったが、今日は特に暑すぎる。 確実に今年に入って一番暑い。 現に、こちらの気温に慣れているはずの四天宝寺のメンバーもバテ始めているし…。 …予定より多めに休憩を入れたほうが…いい、よね。 私ですら、これだけの熱さと軽いめまいを感じているんだ。 きっと選手たちはもっと辛いはず、と私は午後の1時間だけで三回目になったジャグ作りを終えるとそれを抱えてコートへ向かった。 重いジャグをベンチへ下ろし、振り返るとちょうど一番近くのコートに部長たちの姿をみつけた。 そしてなんともタイミングの良いときに来たようで、ボールアップが終わるところだった。 そのタイミングになんとなく嬉しくなりながらもボールアップが終わるのを見届けてから、私は視線で部長たちを呼ぶ。 そして、休憩について伝えると… 「めっちゃ休みたい。今すぐにでも。 なぁ、これって俺が甘えとるんちゃうよな?健康面からの言葉やんな? ちゃんと部員のことを考えた部長としての言葉やんな!?」 「俺が聞きてーよー。休みたいアイス食べたい…」 言いながら、止まらぬ汗をもうあまり役目を果たさないタオルで拭う部長。 …うん、休憩にしよう。 この二人がこんなになるなんてよほどだ。 今ここにいる部員で、『体力』と『根性』が誰よりも強いのはこの二人。 精市や真田君ももちろん強いものを持っているけれど、やはりこの二つに関しては三年間ここでやってきている部長たちにはまだ勝てていない。 二人のやり取りを眺めながら苦笑いを浮かべる。 そして、ふいに私は空を見上げ、惜しみなく暑さをふりまく太陽を恨めしく見つめた。 「…っ」 …視界がかすむのは…暑さの、せい。 「はい、それじゃ、これが終わったら20分休憩に入りますよー! すぐに休憩だからって、気を抜いた方がいらした場合は私も休憩返上して、皆さんが休憩中に球出しとしてお付き合いしますので。」 にっこりと笑って言うと、全員の口が一直線を描き、視線が地へとおちる。 しかしそんな中、隣にいた白石君が私にひっそりと耳打ちをした。 「なぁ、海里ちゃんは休んで…」 その声に見上げてみれば、白石君は心配そうに眉をよせている。 それに私は苦笑いをかえした。 「ありがとう。でも大丈夫よ! それに…そうゆうわけにも、いかないんだな」 言うと白石君は腑に落ちないというように顔をしかめた。 そんな顔をさせてしまったことに、胸が痛む。 だけど…人数の関係上、私が球出しをせざるをえない。 四面に分けるとどうしても一つのコートだけが1人足らなくなってしまうし、その中から1人球出しに出したりなんかしたら、『全員が決められたエリアに入れて回る』というこのメニューではいくらレベル別にしたとはいえ、不公平が生じてしまうからだ。 もともとこの微妙な人数の事があって、私は昨日の試合に出たわけだし、打たずともメニュー内の人数あわせとしても私が出る事はやむおえない。 「でも、」 「だーいじょうぶ」 笑って返せば、白石君はやはりまだ不満げにうつむいた。 それにまた心苦しくなりながらも、私は部員に視線を戻して、メニューの続きを述べる。 「チームはパターン1。Dコートは全員がコーンに当てて4周、Cコートは3周、Bコート・Aコートは2周、また、Aコートのみコーンではなくエリアを設けます。 尚、B〜Dコートはチームで話し合って球出しをしてください。途中でかえるのももちろんありです。 それから…」 言いかけた、その時。 白石君が勢い良く顔を上げ、白石君とは逆の私の隣に並んでいる部長たちに向かって、口を開いた。 「チーム変え、しませんか」 全員が白石君に視線を向け、部長たちはキョトン、とする。 もちろん、私も含めて、だ。 このメニューで使うチームはパターン1…各校で提出したレベルで分けた立海・四天宝寺の半分ずつで構成されたもので、Dコートから強い順となっている。 本来Aコートから強い順にしたほうが分かりやすいのだろうが、一番打つのに慣れていないメンバーを私が球出ししたほうが良いと言うことになり、部長たちの配慮で屋根のあるベンチに近いAコートを私が担当するチームにしてくれた。 ちなみに、白石君はこのパターン1では確かBコートだ。 「俺、Aコートでやりたいんでパターン3にして欲しいんです」 パターン3、にすると確か白石君は1人人数の足らないチームになる。 それが分かったのか、白石君のその言葉に、パターン3にしたときに白石君と同じチームになる部員は私を見て顔を青ざめさせていた。 そんな中、また1人が手を上げる。 「なら、俺はパターン2が…むぐ」 だが、その手を上げた人物…精市の口はパターン2時に同じチームとなる先輩によってふさがれた。 それに不満そうにしながらも、相手が先輩だからか精市はそれ以上何も言わない。その代わりに部長の判断をジッと見つめていた。 そして精市の視線をたどるように、他の部員達も部長たちに視線を向け、判断を待った。 部長たちは顔を見合わせ、小さく話し合いを始める。 だけど、 「ごめんなー。うちの1年わがままで。後で絞めとくさかい堪忍な」 聞こえてくる言葉からは白石君の望みに添えそうにないことが分かった。 パターンを変えてしまえば、レベルにあわせた練習ではなく、団結力を鍛えるものになる。そうしてしまえば、お互い一年生はまだ打ち解けていない事から、合同でやるよりも各校でやる方が先だ。 つまり、この『合同合宿』でやる必要はない。 だから、どちらかといえば、手っ取り早いのは… Aコートは、初心者で始めた子達の集まりで、球出しはまだできないだろうと判断された者が基本だ。 だからこそ、私が球出しをする事になっている。 けれども、みんなの成長が早い事もあり、Bコートとなら大きすぎる差というものはあまりない。 球出しを私にするために、1人くり上げてBコートに入れていることだってあるし… でも、 やっぱり無理ってわけじゃないけれど、1人だけ特別に…というのは流石にまずい。 …白石君は、私のために一年生なのにみんなの前でこんなこと、言ってくれたんだよね。 私は、キュッと手を握る。 「部長、あの」 そして、私が二人に言いかけたとき、白石君が乗り出すように私の言葉を打ち消した。 「なら俺だけAコートに行かせてください。 してくれはったら絶対にDコートより…いや、一番に終わらせてみせますから!」 その言葉に、周りもざわつき始める。 私は、言いかけた口のまま目を見開いて、白石君を見つめた。 でも、白石君はただジッと部長たちを見るだけ。 その瞳に負けたのか… 背後からため息が二つつかれた。 「わーったわーった。 一氏。」 「え、あ、は、はいっ!」 四天宝寺の部長さんが呆れたように名前を呼び、急にふられた一氏くんは背筋をビクッと伸ばして白石君に向けていた視線を部長たちへ向ける。 「お前、繰上げでCコート。 で、白石は下に落とす。…白石、意味、分かるな?」 初めてみた、四天宝寺の部長の、『部長』として怒る目。 それに思わず背筋が伸びる。 その瞳には、なぜか見覚えがあり…どこか遠くで、過去の自分と重なる気がした。 「はい」 それでも、まったくひるむ事はせず、堂々と白石君は返事をする。 その姿に、申し訳なさを通り越して、どうすればいいのかわからない。 だけど、可愛くない私が、心の隅で…呟く。 『いい』って…『大丈夫』って、言ったじゃない… なんで、そこまでして… 出会ってまだ二日目。 私は彼に何かしたわけじゃないし、そんなに気遣ってもらえるほどに病弱ぶった覚えもない。 なん、なの…よ… ずっと、家柄で優遇されてきた。 だけど、忍足謙也が話すとも思えないし、白石君はそれを知らないはず。 なのに…なんで…? 家柄を知らないのに、ここまでしてくれるって…『卯月』としてじゃなくて『海里』として…? 『海里』として…こんなに気にかけてもらうことに、私は、まだ…なれない。 だから、精市たちにもよく怒られるし…。…ううん、なれとか、そんなんじゃなくて。 だって、精市たちや景吾たちは家のことも全部知っていて、それなりの時間を一緒にいて… なのに、 白石君は …変、だよ。 こんな… 押し込めていた『princess』の表情が、一瞬だけ、崩れた。TLDR [←][→] [戻る] |