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直下
「あれ、仁王行っちゃった。
さっきやりすぎたかな?」
なぜか気になって、雅治の後姿を見ていると、精市が呟く。
それに私は一瞬疑問符を浮かべるが、すぐに理解する。

そういえばさっき雅治の日焼けケアを精市に…

雅治の表情に、少し気になるところがありながらも、きっとそこで何かがあったのだろうと私は考えるのを一度やめた。
そして、『とりあえずこの状況を…!』と、私の前で組まれている精市の手を解く。

「なに?恥ずかしかった?」
ニッと笑って私の前に回りこむと精市は顔を覗き込んできた。
それに、私の無理に作っていたポーカーフェイスはすぐに崩れてしまう。

「なっ、違くて!」
内心で留めておいた想いが表情に出てしまい、私は両手を前に出して振りながら精市から一歩引く。
だけど、その距離もすぐにつめられてしまった。

間近にある精市の顔に、私はあわあわと顔をどんどん赤らめていく。
視線も何処を向いたら良いのかわからなくて、きつく閉じてしまう。

っと、急に、右手を強い力で引っ張られてしまい、今の私は簡単に前のめりに倒れこむ。
もちろん、そこには精市がいて。
だから倒れこんだのは精市の胸の中だった。

その衝撃にほんの少しだけ顔をしかめるけれど、すぐに体重が足から離れたことにより、一瞬の安らぎが私を支配した。
それに身を任せ、瞳を閉ざしてしまいたい衝動に、駆られる。
だけど、鼻をくすぐった精市のにおいにすぐに我にかえった。

「え、あの!」
我にかえってみれば精市があまりに近いことを理解して、更に精市のにおいに包まれてるのが分かって。
また、体温がみるみるうちに上がっていく。

けれど、
「こんなに簡単に、倒れちゃうんだね。」
ぼそり、と、とても悲しそうに聞こえた言葉に、妙に冷静になることができて。
ずっとみられなかった精市の顔を見上げる事が出来た。

でも、そこには聞こえた言葉のように悲しいものではなくて、優しい微笑みがあった。
なんだか、その表情が、すごく大人っぽくて…脈が速まると同時に、なぜか、置いていかれたような、寂しい気持ちがおしよせる。

重ねたくなんてないのに…
あいつが、私を『守る』時の表情の変化と…無意識にも、重なってしまう。

「お前は、何も悪くないよ」

そんな私に気づいてか…精市は私を安心させるように頭を撫でると、普段どおりに笑って見せてくれる。
その表情に、ざわつき始めていた心が、安心する。
それから、精市はまるで妹に聞くかのように、優しくゆっくりと口を開いた。

「忍足謙也、くんって、氷帝の忍足の血縁者、なの?」
優しく聞くそれに、私は少し驚きながらも小さくうなづく。
珍しい苗字だし、つながる事は予想できる、けど、精市がそれを聞いてくるってところに、驚いてしまった。
どうしても、私はこうやって近づいてきてもらうことに慣れないらしい…

嬉しい、のに。

「うん、従兄弟だよ。
…侑士の一族は結構大きなおうちでね、お医者さんなんだ。だから、忍足謙也にも会った事あるし、知ってる。」
だから、聞かれていなくても、せめて私のいる現状を自分から伝えたいと、思った。

「大丈夫?」
私が『princess』として扱われる事が嫌なことくらい、お見通しな精市は、そうやって、心配してくれる。
きっと、家との事も考えてくれてるんだろうな…。

それに私はふんわりと笑って見せた。

「うん。詳しくはやっぱり話せなかったけど、普通に接してもらえるように言ってね。
さっきお昼休みに話したんだけど、やっぱり侑士の従兄弟だなーって。すごく、優しくて、明るかったよ」
そう先ほどあった出来事を口にすると、精市は安心したように笑ってくれるのだけれど、どこか、複雑そうな影が混ざっていた。

「そっ、か。
なんか…。
あー跡部たちもきっと俺らのことこう思ってるんだろうなー」
ふぅ、とため息をつく精市。に私はキョトン、と目を丸めた。
そんな私に
「なんでもない。
ね、海里」
苦笑いをしてから、精市は私をまっすぐに見つめる。

「"ここ"に、いてね」

その言葉に、
私の心臓は大きく脈打った。


彼の言葉に、自分の中で、何かが近づいてくるのがわかる。
けれどもそれを見て見ぬふりをして、私は彼の言葉に答えずに、口をひらく。

「…ねぇ、精市」

そしてそう、精市を微笑みながら呼んだ。
すると、精市は『ん?』と、小さく首をかしげる。

「私ね、忍足謙也とお昼に、普通に話したの。」

「…うん」
私の言葉に耳を傾けて、私につられて少しぎこちない微笑みながらも真剣に聞いてくれる精市。
そんな彼の優しさが、嬉しい。

「初等部の頃に、侑士に彼の話を聞いていてね、夢みたいに『話してみたいな』って、思ってた。」

「うん。」
その精市の声を聞いて、なぜかとても安心する。
それのおかげで、私はずっと言いたかった言葉を今言う決意をすることが出来た。

「それは絶対に叶うはずの無い夢のはずだったの。
だけど、叶った。」


切り開いてくれたのは…
他でもない、


「じゃぁさ、
マネージャーってのはどう…?」




「精市のおかげ、だね」

精市だ。

笑みを、深める。
すると、精市はキョトン、と驚いた顔。



「ありがとう、精市。」

そう、やっと告げると、精市は本当に幸せそうに笑った。
そんな、あまりに優しい笑顔に、


理解とか、そんなものじゃなくて。


"感じた"





あぁ、


私は、もう逃れる事が出来ないんだ。






『あの家から』、と。
TLDR



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