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天秤


「練習メニューまで頼っちゃってごめんな、マネちゃん」
両部長とのミーティングを終えたとき、四天宝寺の部長さんがそう両手を合わせてきた。
それに私は慌てて両手を前で振る。

「いえ、そんな!
こちらこそ四天宝寺の練習メニューは独特で、色々と気づかされます。」

「ほんまに?少しでも役に立ててたら嬉しいわ。
でも、こっちが誘ったのにそちらさんにばっかにまかせてもうて。特にマネちゃんにはほんまに世話になって…」
そう、また両手を合わせようとする部長さんに、私は今度はにっこりと笑顔を見せる。

「全然そんなことないです!
私のする仕事分の何倍も四天宝寺さんには頂いているので」
私の言葉に、
「『頂いている』?」
何を? と、部長さんはキョトンと、目を丸めた。
それに私は更に笑みを深める。

「全国大会で当たるであろう対戦校の、濃密なデータを、です」
私の言葉に、部長さんは表情を固めた。
そんな彼に私は説明するように人差し指を立てる。

「気づいてましたか?
私が今まで出してきたメニュー、全部の能力が見られるようになってるんです。」

「全部の、能力」
固まっていた表情を動かして、まだぎこちないまま、そう復唱される。
その言葉に一つうなづくと、私は続けた。

「そうです。
足の速さや瞬発力はもちろん、集中力、コントロール力、洞察力、各自の瞬時の判断力…その人とあたった時に対策を取れるほどのデータが取れるようにしてあるんです」
そう目を合わせると、部長さんは口端を引くつかせる。
どうやら気づいていなかったようだ。

これは本来言わなくても良い事で。
だけれども、それでは実力で勝利した気にはなれないから…わざと伝えた。
やはり、スタート地点は同じほうが良いから、ね。
折角の合同合宿、お互いのレベルを上げられるようにちゃんと利用したかった。

「うわー…油断できひんな」
冷や汗を掻いて、こちらを見る部長さんに今度はニッと、笑う。

「油断なんてしちゃだめですよ。
私たちは今に『王者』となりますから」

言い終わると、私は一礼して部長さんに背を向けて歩き出した。


「…油断、とか…アホかいな俺。
本気でいかな…あかん、な」






部長さんと別れ、私は午後の練習の集合場所へと足を運んだ。
すると、まだ集合時間までは時間があるというのに、まばらに人が集まっていた。

その中でキョロキョロとあたりを見渡すと、
「あ!」
ふと、見慣れた背中…雅治の背中を見つけた。
そして、その後姿にいつもと違うところを見つけて、私は小さく笑うとそっと近づいた。

「ちゃんと帽子かぶってきたね」
そう声をかけると、私に気づき、雅治はゆっくりと振り返った。

「ん。でも、邪魔くさいし蒸れるし…」
帽子のつばを触りながら、嫌そうにぶつぶつと言う雅治。
そんな彼にまた小さく笑い声を漏らすと、私は背伸びをしてポンポン、と頭を撫でる。

「雅治がもしも倒れたりなんてしたら嫌だから我慢、ね?」
そう優しく微笑むと、雅治は押し黙って耳を赤くして、私から一歩引く。
その行動に疑問符を浮かべれば、雅治は口に波を描いてからそっぽを向いた。

「っあんま子供扱いしなさんな」

「ふふ、してないよー」

そんな雅治がまた可愛くて。
私はそう言って笑った。



…と、

「わっ」
私たちの和やかな空気に割りいるように、急に背後から重みを感じる。
それに自分でも驚くほど瞬時に、その重みは精市のものだと理解した。

「最近仁王にばっかり海里あーまーいー」
私の肩から手を回して抱きつきながらむすっとして精市が言う。
そんな精市に、顔色を変えずに私は小さく苦笑いをしてため息をつく。

「そんなことないよ。
というか…暑いんですが。精市サン」

…なんて。
そんなこと言いながら、実際は鼓動がはやくなっていた。

暑くて汗をかいているから、かな?
いつも近づくときなんかより精市のにおいを、すごく感じてしまう。
それに、妙に精市の体温が近く感じる気がする。

内心では目がぐるぐると回っていて。
自分の汗のにおいがわからないかとか、そんなことがぶわっと脳内を支配する。
でも、いつも翻弄されっぱなしなのとか、なんかそんなのが急に悔しくて。それに絶対今だって私が緊張するのをわかっていてやってるんだろうなとかまたぐるぐるまわって。
だから私はなんとか普段どおりの表情を保てるように必死になっていた。

だけど、
そんな私の頑張りはすぐに見破られてしまったのか…
「ぶっ」
雅治が小さく噴き出した。

それに、慌てそうになる私の頭を、雅治が軽く撫でる。
その行動に不意に顔を上げるけれど、雅治は私たちを残して、すっと隣を通り抜けていってしまった。

(え…?)
そう思うと同時に、いつだったか雅治が言ってくれた言葉を思い出す。

「まっ、がんばりんしゃい。応援しとるぜよ」

応、援。
そっか…二人にしてくれた、の…?

でも、
でも、なら、なんで

なんで…



そんなに寂しそうなの…?




彼女が可愛いと思うのに。
それをいつものように冷やかしてみればいいのに。
それすらも、最近では…苦しくなっている。

俺は、何も、壊したくも変わりたくもないのに。変わって欲しくなんて…っ
ない、のに。

っこの想いは、どうすれば止まるのか、だれか、教えてくれ…っTLDR



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