[携帯モード] [URL送信]
従兄弟


「えーっと、」
かえしてもらった自転車を手に、私は何処におけば良いのか分からず、少しあたりを見渡してみる。
しかし、あたりには誰の姿もなく、おいて良いとわかる駐輪場も見つからない。
それに落胆しつつ、時間のこともあるので仕方なしに、それを押しながらコートへ向かった。


少しして、コートの倉庫にてしおりを無事みつけ、寮へ足を向けると、私はまた困惑の表情を浮かべる。

(さて、どうするべきか…)

残念ながら携帯は持ち合わせておらず、持っていたとしても四天宝寺生の連絡先を知らない。
だからといって、ここに自転車をおいて誰かに聞きに行くのも、借りた自転車なのでしたくはない。
ここは寮の敷地内だからまだ大丈夫だとは思うがその間にまたこの間のようなことがあっては困るし…。

そんなことを表情に出しながら考えていると…

「どないしたん?」

急に聞こえたその声に少し驚き、振り返ってみると…そこには忍足謙也の姿があった。
それにどこか安堵する。
けれどその反面、どこか気まずく思ってしまう自分がいたのは嘘ではない。

そんな感情に気づかないフリをして、私は彼へ少し困った笑顔を向ける。
そして、現状を説明すると、ニカッと明るく笑った彼は、駐輪場へ案内してくれると言ってくれて、私はそれに笑顔でお礼を告げた。



それからたわいない話をしながら駐輪場へ向かったわけだが…

(素直な、まっすぐした子なんだろうな)

その少しだけのやり取りだけでも、そう、理解出来てしまえた。
もちろん、彼の深いところには踏み入っていないので、分からないところは山ほどある。だけど、そう感じたのだ。それほどに、彼は純粋(きれい)な心の持ち主だった。

それから、従兄弟だとは知っているけれど、侑士とはなんだか似ていないかな、なんて思っていると、たまに話の端々で熱く語る様は笑ってしまうほどに侑士と重なった。
そんな姿を見つめ、話をしながらも、つい、そういえばいつも、侑士が文句を言いながらも楽しそうに彼のことを話していたから、一度こうして『海里』として話してみたいななどと、夢を見ていたな、と、思わず頭の隅で懐かしい感情に浸ってしまう。

その『夢』は、絶対にかなわないはずだったのに、今こうして現実になると不思議な気持ちでいっぱいだった。
嬉しいという気持ちがもちろんあるのだが、それが意味するものを分かっているから、素直には喜べないという気持ちも混ざっての事だと思う。

隣で未だ少しぎこちなくも私に笑いかけてくれる彼に、今までの私の周りの『変化』を妙に近く感じて…なんだか複雑に…胸が締め付けられる気がした…。



駐輪場へ着くと、忍足謙也は自然に私の手から自転車を受け取り、止めてくれる。
そして、チャリン、と音を鳴らして、自転車からとった鍵を忍足謙也が手に握った。

「ほなら、これは俺から白石に返しとくわ」

「え!あ、ありがとう。」
自分で…と瞬時に思ったが、やはり普段から一番身近にいる忍足謙也が渡したほうがすぐに手元へ渡るだろうと考えて、私は素直にうなずく。
あとで白石君にもちゃんとお礼を言わなくちゃ と心に思いながら私は鍵を受け取ろうとしていた手を引っ込めて、笑顔を向ける。
そして、お互いもう用事がないことを確認すると寮へ一緒に帰ることになった。



二人並んで会話をしていると、まるで先ほど気まずく思ったことが嘘のようだった。
しばらく歩いて寮が見えたのが少し寂しく思ってしまうくらいには、私は楽しんでいた。

「そんでな、結局侑士が犯人だったんやで!」

「あはは、やっぱり!」
そう笑いながら、話題が終わってしまったことに気づき、次の話題を考える。
私たちの今分かっている共通点は侑士とテニスだけなので、結構話題が限られてしまうため…少しの間私たちの間は静かになった。
そして、私が話題を見つけ、口を開こうとすると…

「…なぁ、」

ふいに、忍足謙也が足を止めた。
それに不思議に思い、私はキョトンとした目で振り返る。
すると、そこにはつい先ほどまで笑っていた忍足謙也の姿はなく、真剣に、少し悩んでいる空気を纏った彼がいた。


「…聞いても、ええか?」


そう告げられた言葉に、未だ私はキョトンとしたまま。
でもなぜか嫌に鼓動が大きく感じる。


「ずっと気になってたんや。
…なんで、今まで全面的に前に出てきたお兄サン…数年前から見かけへんの…?」


私たちの間を、強い風が吹きぬけた。
その間、私は瞬きを忘れる。
それは目の前の忍足謙也もで…。
彼は、踏み入っていいのか少し戸惑いながらも、私をジっとみていた。

その瞳はあくまで純粋な…無垢なもので。
いきなり踏み込まれた事に対して、嫌悪を抱く事はできなかった。

「今海里にSPが付いてないのも、何か…関係してるんやろう…?」
続けられた言葉に、私は曖昧な苦笑いしか返せない。

気になるのも、無理はない。
でも…
忍足謙也とは、『海里』として知り合ってからまだ…短すぎる。

そんな私を気にしながらも、彼はまた口を開く。

「おとんが亡くなったのは…その…知ってる」
『マスコミにすごい取り上げられていたし』と続ける彼の言葉から、彼をむいているというのに私の瞳には、当時の事が映し出されていた。

あの、思い出したくもない、全てが壊れた日が。

なにもかも全て夢だったかのように、思い知らされた日。
大好きだったお父さんが亡くなった事に涙を流し、悲しむ事すら時間をかけさせてはもらえなかった。

あれから随分と時間はたっていて、自分の中では整理をつけたつもりだったのに、今でもまだ心の奥が、痛い。
否、本当は整理なんてしていなくて、きっと、ただ埋もれさせただけだったんだ。
だから…考えれば考えるだけ、痛みが増す。
その感情を私は口内を噛み締める事でとどめた。

「それで、p…み、海里のおかんが肩身狭なることはなんとなく想像つくんや。
でも、海里とお兄サンはfeatherの血縁者に変わりないやん」
必死に…でも、本当になぜだか分からないと疑問をぶつけるように口にする。
…それに、私は何も、答える事が出来ない。
でも、口ぶりからして私の扱いをなんとなくでも想像できているように感じた。

そんな私を見て、一度口を閉ざすも、忍足謙也は複雑に続ける。

「今、多くの企業や財閥で流れとる噂知っとる…?
もちろん、あくまで各企業や財閥内での憶測に過ぎない事実確認の取れない噂なんやけど…
『卯月家は、長男の死後、嫁と優秀な二代後の跡継ぎであった孫をも追い出した。
次男はなぜか姿をくらましたようだし、今のトップ2人が終われば、ワンランク下の財閥や独立する程の力がある企業でも乗っ取ることができるのではないか。』」

『そう、例えば跡部財閥あたり』
そう更に続けた忍足謙也。

初めて聞くその話。でも、なんとなく想像の付いていたそれに、『公式的に跡継ぎは孫娘となっているけれど、今までお兄ちゃんがずっと表舞台に立ってきたから、多分それもあっての事だろう。』なんて、冷静な事を考えてしまう。
初めてそれを耳にする理由も想像は付く。今現在はまだお祖母…様たちが上に立っている事もあり、うかつにはどこも動き出せず、また、このまま待っていれば私がトップに立つからどこも今はおとなしくしていよう、ということだろう。
といっても、どうせこれくらいのこと、あの人たちの事だから把握しつつも泳がせているのだとおもうのだけれど。

(トップが私になれば、のっとりやすいから、か。)

私の出来の悪さは口にはせずともうちと同じパーティーに出席するほどの企業や財閥なら気づいていることであるから、今までも似たような事を話されることなんてよくあったことだ。
だから、母さんたちがいなくなって周りに大体どういわれているかくらい想像が付く。

『出来の悪い孫娘だけが残るなんて、卯月家も可哀想に』
ってとこだろう。
それに、私は未だ跡を継ぐつもりなんてないから、正直…どうでもいいとも思う。

…のに、
なんでまたどこかから痛みを感じているのだろう…。

「それだけに留まらんと、ちゃんとした理由を告げずに、次男、孫、嫁については最初からもっともらしいことを言って、隠しとったから、どんどん噂が黒くなっていっとる。
嫁が息子を殺したのではないか。それがばれて、表ざたになる前にそれに関係したものが社会的に抹殺されたのではないか…とか。」
だんだんと眉端が落ちてくる忍足謙也をみて、さっきからの言葉を考えても先ほどよりも更に彼の人柄がよく分かってくる。
侑士が似てない似てないと周りに言われるといっていたけれど、やっぱりこの二人は血縁者だと、感じた。

「元々、その…卯月財閥…featherって、他に冷たい…冷酷な部分があったやん。
だから、なお更というか…」
ばつが悪そうに私を伺う忍足謙也に私は苦く笑う。

「そんなに言葉選ばなくていいよ。
うちは、結構力で下を押し付けるところがあるからね。」
やっと口を開いてそう言ってみるものの、少し、胸が痛む。
冷酷な家。そう外から見られていることは知っていたし、私たちも品格や家柄のイメージを壊さないようにそう振舞ってきた。
でも、

「お母さん、お兄ちゃん、お父さん!」


本当はすっごく、…温かい、家だった…。


一度瞳を閉じてうつむいてから、すぐに私は顔をあげる。
目があった忍足謙也は心配そうに私を見つめている。
そして嫌でも伝わってくるその気持ち。
この話を持ちかけたのも、『友達』となった私を案じての事だと気づくと、なんだか嬉しく思えた。

「もともと自分は最低限しか顔出してへんかったし…俺の家みたいなそんな階級の高くないとこならまだしも、海里の家みたいのが立海に入ったっちゅーことは、継ぐ気とか、その…こっちの世界に将来関わる気はないっちゅーこと、やろ…?」
おずおずと疑問を投げかける彼に私は表情をやわらかく崩した。

『彼を信用してみたい』

そう、思えたのだ。
けれども、やっぱり日が浅すぎるから今はまだ深くは話せない。
だから、私は今出来る限りを口にする事にした。

「継ぐ気は、個人的な意見としては…ない。
だけど、継がなくちゃいけない、から。」

そう。『いけない』のだ。
私に大切なものがある限り。

こんな事を言って、背負わなくてはいけない忍足謙也を含めた多くの人間、そして上流階級を目指して努力をしている人間に失礼なのは百も承知だ。
だけど、私には私の事情があるし、『恵まれている』それは、一人一人によって意味が変わる物だと思う。
もちろん、自分の環境は恵まれていたと思うし、今も恵まれていると思う。
それに私が経験してきたことなんて、他の人と比べたらちっぽけなことだと思うし、私は家の七光りがないと何も残らないような平凡以下な人間だということは理解している。

それでも、
これが私の正直な答えだ。

死んででも、全てから逃れようとした時よりは、これでも、進歩…していると、思う。
見失っていた、『大切なモノ』を、またちゃんと、見ることができたのだから…。

そう、また気付くことが、できた。
そして…幸か不幸かそれは量を増してしまった。

だから、逃げるという選択肢は、消えた。
何が何でも、私の大切なものは私の力で守る。

もう、二度と…


「泣くな」


あんな思いを、させないためにも、しないためにも。


「ごめん、ね。
これでもトップシークレットだからこれ以上は、いえない」

『ごめんね』
その言葉に含まれるは、二つの、意味。
それに、忍足謙也は気づいただろうか…。

眉を垂らしてそう微笑んで告げると、彼はハッとしたようにあせりだした。

「そ、そりゃそうやんな。すまん、堪忍!」
この話の大きさに改めて気づいたのか、慌てて彼は私に必死に両手を合わせる。
その姿がまた忍足謙也らしさがあって、なんだか安心した。

「ううん。でも…いつか言える日がきたら、忍足謙也に聞いて欲しい」
彼の優しさ、純粋さに触れて、そう自然に笑うことが、出来た。

…と、
「っ…!?」
忍足謙也は驚いたような表情からみるみる顔を赤らめていく。

「ど、どうしたの!?」
首をかしげて彼を覗き込むと、彼は恥ずかしそうに顔の前で両手をぶんぶんと振った。

「や、え、いや、うん、ちょ…ぎ、ギャップが…」
へろへろとゆっくりその場に座り込む彼に、
「え?」
キョトンとしてから、私は思わずくすくすと小さく笑ってしまう。
そして、私も膝を折り、彼と目線を合わせた。


「始めまして。『海里』です。」

"よろしく"

そう、手を差し出すと、忍足謙也は真っ赤な顔をしたまま、私の手と顔を交互に見つめる。
そして、目があった時に笑って見せると、何かに勘弁したみたいに彼も笑って。
それから私の手を優しく取ってくれた。

ぎゅっと握った手は、とてもあたたかくて。
その眩しい笑顔もあって、まるで太陽みたいだった。


喜びと、初めて知る感情と
同時に、

…押し寄せる、罪悪感。

「白石、かんにん…」TLDR


[←][→]

15/33ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!