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臆病者


「さっき、何話してたん?」

頭にかぶせていたタオルを、自分で額に乗せなおしながら雅治が、メモを取っている私に呟くように告げた。
チラリと見えた雅治は、目を閉じている。

「さっき?」
ノートから視線を外さずに、手を動かしたまま彼に聞き返す。

「シライシクンと話してたじゃろ?」

「あー」
休憩中、と付け足す雅治に、私は思い返しながらも適当な声をあげる。
その態度なんて気にせずに、だるいのか雅治はゆっくりとした口調でまた口を開く。

「クスリについて、か?」
その言葉に、私は思わず一瞬手を止めてしまった。
そんな私をうっすらと目を開いて見て、雅治はまた瞳を閉じる。

「図星じゃな」

それに、ぐっと、息を飲み込んでから私は小さく軽いため息をつく。
「今ほんのちょっとしか取り乱してないのにそんなに細かく見ないでよ」
口を尖らせて言うと、雅治は小さく笑った。
そして、すっと伸びてくる雅治の手が、私の髪に触れる。

「見るよ
自然と、目が追う」

思わず視線を彼におくると、真剣な表情をしていて。
言葉が出なかった。

目があって、少しの間固まっていると、雅治は小さく笑いをこぼす。

(え、)
その表情にキョトン、とすると、雅治は更に笑った。

「なんて、な。
お前さんがわかりすぎなんじゃよ」
クックと、喉を愉快に鳴らす雅治。
そんな彼に、私の表情は徐々に崩れていく。
口はナミ線を描いた。

「なによっ」
私が雅治にしっかりと焦点を置いた

その時


シュンッ



「あはは
いっけね」


丁度私たちの間を
ボールが飛んでいきました…。


私たちの表情から、サーと血の気がひくのが分かる。


…え、えーっと…?

振り回しだし、必死になって変なところに飛んでしまうのは、良く分かる。うん。とても。
だけど…

打った相手は…精市さんです。
彼に限ってはそんな事はありえないわけですよ。はい。
というか、それ以前に…

なぜ二面も間にあるCコートから膝枕している側とされている側の間にボールを打つ事がで き る の か。

私たちは固まった表情のまま、そちらに顔をむける。
すると、爽やかに笑いながら振り回しを受ける精市さんの姿が二面先に。
そして、一瞬だけこちらに視線を向け…

にっこり。


「「…」」

そんな彼に、私たちはお互い口に弧を描きながら、どこか遠くへと視線が行ってしまう。


「…悪い、話しを戻す」

「うん…」
未だ表情の蒼い私たちの目は、どこかすさんでいるように感じた。

「…大丈夫だったんか?
今朝はあいつ取り乱しとったけど」
切り替えるように一度息を吐きながら、また身体の向きを元に戻して雅治が心配そうに言う。
その言葉に私も、もとの会話に戻り、視線をノートと部員達に向けた。
でも、…脳裏では少し前の白石君を回想されていた。

「うん。
このクスリね、少し不思議なてんがあったの」

「不思議な点…?」
復唱する彼に、私はノートにペンを走らせながら小さく頷く。

「私だって自分なりにこれについては調べたよ。
でも、その内容はどこも白石君が言うように副作用の恐怖ばかり書かれていて…
…だけど、書かれているほど…白石君が今朝言っていたほどの症状が、私の身体に表れてない」

「…」
黙って、私の言葉を、何か考えるように捕らえていく雅治。

「でね、白石君がお父さんに調べて貰ってくれるって言って…」

「クスリを、渡したんか…?」
コクン、と私は首を縦に振る。
そんな私に彼が少し驚いた表情をするのを感じた。

「今の私に、そんな専門的に調べられる権力(ちから)はない…から。
調べたとしても本邸の人間の耳に入ったら、
もしもあいつがfeather(うち)から逃げてるんだったら、出所が分かってしまってまた…あいつを苦しめてしまう」
そこで私は一度、口を閉ざす。

あいつと離ればなれになってから
何一つあいつについての事を知らされたことがない

だから、あいつが重労働をさせられているのか
それとも、仕事を与えて貰えていないのか
…それとも、featherとはもう関わりのない人生を送っているのか…


私は、

何も知らない

「…だったら、私の正体を知らない一薬剤師に調べて貰った方が、安全…って、ね」
どこか切ない笑みになってしまう私。
こんなふうに、笑いたいわけじゃないのに。


「やっぱり、『優斗』さんに貰ったもん、なんじゃな」


ぽつり、と聞こえたその言葉に、
ペンを走らせていたというのに、ハッとどこかコートを遠く見ていた私は我に返る。
持っていたペンも、動きを止めた。

「あ、」

「まぁ、何となくは全員気付いてる
お前さんをそんな表情にさせられるのは『優斗さん』以外おらんからな」
ポンっと頭に乗せられた温かい手。
それに、私は唇を噛み締めた。

「ごめん、ね」

「謝るようなことしてないじゃろ?」
いつもと変わらない口調
それに、ますます私の胸は締め付けられて。
私は左右に首を振った。

「今回は、確証が、もててなかった、から…」

嘘。
それが理由で話さなかったんじゃ、ない。

なんで、私は…逃げるの…?
こんなに、大切だと、好きだと、思えるのに。思うのに。
なんで…私と、優斗と、みんな。
そんな分け方を…一線を、引いているのだろう。

彼が、私にとって全てであるから。

そう、答えはわかっているのだけれど、でも、だって、この人たちは…っ


くしゃ


不安が、
焦りが、
困惑が。
表情に出ていたのだろうか。
雅治が、少し辛そうに身を乗り出して、私の頭を優しく撫でた。

まるで、全て分かっているような、顔。

それがまた、私の胸を苦しめる。
ごめん。…ごめん。

「俺らに別れはなかよ。」
優しく呟かれた言葉。
それに、私はそらしていた目を、不思議に彼へ向けていた。

「だから、いつでも良い。
ゆっくり近づいていくから」
優しく微笑んだ、雅治に、口がへの字を描く。
そして「野良猫みたいじゃな」と、幼く笑う彼に、私は小さく今出来る笑顔を浮かべた。






「一薬剤師に…」切なく言う彼女に、
無自覚なのかは分からないが…白石を信用している影があって…

小さく拳を握りしめたのは、秘密

俺は…
この関係を壊したくないのに…
TLDR



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