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怪我の功名

時間的に次が昼前練習の最後のメニューかな。
腕時計に視線を落とし、そう内心で呟くと、私はボールアップを終わらせていく部員達に視線を戻した。

「さ、次振り回しいきますよー」

そう声を張って、私は全員に告げる。
『振り回し』というのは、1人をコートに入れ、左右交互に球を出し、振り回すもの。
1人2〜3分位がまぁ、基本なのだが…人によってはこれが結構辛かったりする。
だから、体力のあるない、それから、ボールへ執着する根性がはっきりと分かり、私の場合は、これを最終確認として用いているのだが、一人一人のステータスをつける側としては、結構優しいメニューだ。

何分がいいかな…と日差しに目を向ける。
本当なら四分いきたいけれど、ここまで給水は各自に任せているものの、休憩は一度しかとっていないし…日差しとみんなの体力考えて…

「今回、サイドコートありの、一年生は二分、二・三年生と、立海、幸村・柳・真田・桑原、四天宝寺、白石・石田・忍足は三分でやってください。
ちゃんと、足を止めて打つ事を意識してくださいね。」
『特に一年生』、とつけたし、集合した全員にそう言うと、返事と同時に全員の表情が引きつり、暗くなる。振り回しというだけでも辛いのに、サイドコートがありだと聞いてのことだろう。
そんななか、ジャッカル君が驚きながら私に目を向ける。
それに私は微笑んで「一年生の選抜は、今までの練習で体力がある、と両校部長と私の意見が一致した人です」と告げると、どこか照れくさそうにしていて、私はそんな表情にまた微笑んだ。

「球出しは三年生が、日ごろ生意気な後輩への恨みを込めてどうぞ。
なお、Aコートは私…」
最初の言葉で「やばい」というような表情をした後輩たち、そして目を輝かせた三年生は、私の言いかけた言葉に、バッと私に視線を向ける。
それに私は笑顔のまま。
でも、そんなみんなの心の声が、痛いほど伝わってきた。

『Aコートにだけはなりませんように…!』

振り回し前の休憩を交えた集合だったので、息を止めてこちらに視線を送る全員に、私は少しの間笑顔で答える。
そして、そろそろかな、と、眉を片方たらして口を開いた。

「ではなく」

見て分かるように、ホッと息をつくみんなに私はくすくすと笑ってみせる。
部長まで、そんな顔しなくていいじゃないですか。
立海はともかく、どうやら、この午前だけのメニューで四天宝寺の面々にはよほど警戒されてしまったようだ。

「Aコートも三年生、お願いしますね。
コート変えはせずに、先ほどのメニューの時のままで。
順番は、昼食当番を優先でお願いします。」
そう告げると、全員次のメニューへと動き出そうとする。

「それから、ま…仁王は振り回し免除で、私のところへ」
言うと、各自動き出そうとしていた足を止め、こちらと雅治を見つめる。
雅治もキョトン、としていた。
それに私は真剣な表情をして、全員に「では、振り回しを開始してください」と告げると、雅治の手を引いた。

「え、ちょっ、海里…?」
不思議そうにする雅治に何も言わずに、私は屋根のあるベンチへ連れてくると雅治を寝かせる。
そして、一応…と用意していたものを取り出すと、それを雅治の首の後ろと額に張った

「っつめ…!
海里、なんなんじゃ…」
張ったもの…冷却シートに眉を寄せる雅治。
それには答えずに、私は氷水を絞ったタオルを雅治の頭にかける。
それから、ペットボトルのふたを開けると、彼の口へと近づけた。

「これ、飲んで」

「…飲みたい気分じゃない」
その言葉に、私は更に彼の口へ、ペットボトルを近づける。

「だめ。飲んで」
眉を下げて言うと、雅治は困ったように仕方なく、それを一口口に含んだ。
それに、私は「もっと」と無理に飲ませる。

「軽い熱中症の手前だよ。
…ごめんね、もっとちゃんと最初から無理にでも飲ませてれば良かった」
そう言うと、雅治は納得したのか、起き上がろうとこめていた力を抜いた。

「や、すまん。迷惑かけた。」
その言葉に、なんとなく、自分で気づいていたのだろうと、理解する。
雅治は、人に弱いところを見せないから、誰かが言ってあげなくちゃ、自分から休んだりする事がない。
それを分かっていながら、私は…。

肩を落とすと、雅治が黙って私を見て。
少しして、座った私の膝に頭を乗せてきた。

…え、え…え!

思わず赤面する私。
雅治はというと、そんな私に小さく笑っていた。

「気づいてくれてありがとさん。
お前さんは、なんも悪くなかよ。こうやって、お前さんに甘えたくて、俺が黙っとっただけ。
まさか本当に出来るなんてラッキーじゃったの」
言うと、コート向きに寝てしまったため、表情がうまく見えないがきっと、優しく笑っているんだろうなと思う。

雅治は、優しすぎるよ。

そう胸のうちで呟くと私は、彼のタオルを絞りなおした。
「…でも、私言ったよね。帽子着用するように!って」
私の言葉に、雅治はギクリ、と肩を揺らす。
そして、何も言わない。

あ、寝たふり。

「もー、倒れても知らないからね」

「その時はまた膝枕して」
やっと口を開いた雅治。
でも、その言葉に私は唇をとんがらせた。

「却下。ちゃんと予防して倒れるのは別として、予防もしない子にこんな事しません」

「…だって、帽子邪魔なんじゃもん」
『視界は狭まるし、窮屈じゃし、落としたら失点するし』と、多分私と同じく唇をとんがらせているであろう雅治に、私は小さく笑う。

「気持ちは分かるけど、ちゃんと予防して?
雅治はただでさえ暑さに弱いんだから」
私の言葉に、雅治は、仕方なしというように小さく「はーい」と答え、それを確認すると、私は背もたれに身をまかし、視線をコートへ向けた。
ちゃんと、仕事はしなくちゃ、と打っている人たちを順に見てくが、そんななかチラリと見えた雅治は目を閉じていて、本当は結構辛かった事が分かり、私はまた小さく肩を落とした。

でも、
「…お前さんの太もも冷たくて気持ちよか」
そんな不意に小さく聞こえたその言葉に、私は思わず、また赤面してしまった。



***

そんな二人のいるベンチから少し離れたBコートでは、金色がニヤニヤと同コートの白石と真田を見つめていた。

「…」
「…」

「(真田君は真面目な子や、思っとったけど…
まったく同じ格好と顔して、同じもん見てるわ…!)」
くすくすと笑いたい衝動を抑え、金色は球拾いそっちのけの二人のうち、白石に声をかける。

「蔵りんどないしたん?表情が怖いで」

「そうゆう金色はなんや楽しそうな表情しとるな」

「だって、楽しそうな事になってきたなー思おて」
そんな金色をチラリとだけ見、白石はまた二人を凝視するのを続ける。
その後ろでまったく同じように二人を凝視している真田には気づかずに。

そして、その隣、Cコートでは…

「(p prinnsessが膝枕…膝枕…膝枕!?)」

「大変。俺、手が滑っちゃいそう」

「幸村君、仁王君は一応病人みたいなのでお手柔らかに…!」
未だ『princess』のイメージが抜けぬ忍足は混乱しており、幸村は球拾い中だというのに、片手にはラケット、もう片手には四つほどのボールを持ち、仁王を狙っている。
そして、柳生はそんな幸村を止めるために必死になっていた。

はたまたその隣Dコート

「…なぁ、俺倒れたら海里介抱してくれるかな」

「ちょっま!ブン太!!落ち着け!!先輩の本気ボールに当たりに行くな!!」
三年生が打つボールに当たりに行くブン太を止めるジャッカル。
そして、その背後では、ラケットを持ち、手首を慎重に動かす柳の姿。

「ここからこの角度で思いっきりラケットを投げれば85%の確立で仁王の頭にクリーンヒットするだろう」

「柳まで!?」

「ちょっ、お前さんらとりあえず落ち着きや!」
安全圏かと思われた柳の殺意に、ジャッカルと石田は冷や汗を掻いたという…。


ちなみにAコートには…

「(あいつらアホか!テニス部はアホばっかや…!)」
真面目に球拾いをする一氏の姿があった…。


そして、表情に出さずとも、部員達の心の中はというと…

「(俺も膝枕されたい…!)」

丸井と同じ思考だったとか。




「「お前ら、ちゃんとメニューに集中しろーー!」」



ちょうど振り回しを受けていたため、声を発するのも辛いはずだが…四面全体に両校部長の怒鳴り声が響いたのは、言うまでもない。






ちなみに、打ってる人たちの心の声…。

「(球拾いが当たりにきやがる!
そうはさせるか…!)」

今日の振り回しは、予定よりコントロールが鍛えられたという。TLDR
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